しっぽきり

「うおー!! ここがデルフィー遺跡かー!!」

 歩さんは叫びました。ここ数日、叫びっぱなしですが叫びました。見るもの見るもの感動で一杯なのですから、叫ばずにはいられません。
 今回、歩さんを感動させたのはデルフィ遺跡。太陽神アポロンの神域にして、これまた世界遺産。太陽神だけあって、空も晴れ渡ったブルースカイ。

「ねぇねぇ見てよヒナさん!! ここがかつて大地のヘソと呼ばれた……世界の中心だった場所だよー!!」

 さわやかでどこか神聖にすら感じられる五月の風が歩さんのテンションを高めてくれます。一方、話しかけたお友達のヒナギクさんは、

「ヘリなんかなくなっちゃえばいいんだヘリなんかなくなっちゃえばいいんだヘリなんかなくなっちゃえばいいんだヘリなんかなくなっちゃえばいいんだ……」

 一言ごとに落ちていくテンションで、ヘリという存在を呪っていました。

「大丈夫かなヒナさん!!」

 あまりの沈みっぷりのヒナギクさんに、彼女が残した、というか食べられなかった、時間が経ってパンがパサついてきたサンドイッチを差しだし、心配するヒナギクさん。
 「とりあえずヘリが落ちなかったら大丈夫よ」とあんまり大丈夫そうじゃないよろめいた声で答えるヒナギクさん。
 まるでヘリが落ちなかったのが信じられない幸運だったと言わんばかりのヒナギクさんに彼女をヘリに乗せたナギお嬢さまが噛みつきました。
 そんなことを言われるとは心外なナギお嬢さまは言います。このヘリは大統領も使っている高性能なヘリ。落ちる事なんて、天文学的な確率でしかあり得ない。

「ヘリが地面を走ってくれたら信用してあげるわ」

 ですが、そんなの結果論に過ぎないとでも思っているのか、ヒナギクさんは反論します。

「ヘリが地面を走ってくれたら信用してあげるわ」
「そんなヘリ逆に信用ならねーよ」

 混乱しているのか意味の分からないことを口走るヒナギクさんはヒナギクさんとして、一方の歩さんが気になったのはヘリコプターのこと。
 小市民の中の小市民であるところの歩さんが気にしていたのは、もちろんヘリが空陸両用かなどではなく、ヘリの値段とそれを運用できるナギお嬢さまの富豪っぷり。そんなわけで、下世話と思いながらもマリアさんに迸る好奇心をぶつけてみることにしました。

「ちなみにさっきのヘリはいったおいくら万円なのかな?」
「改良費も含めてざっと三〇億円ぐらいですわ」

 歩さんは目眩がしました。
 万で聞いたら億で返してきたのです。それだけでも理解の外なのに、改良とまできました。つまりレンタルではなく、所有物。唖然とするしかありません。あげくに三〇億円。さんじゅうおくえん。後で計算したところ九三七年と半年な額に唖然とするしかない歩さん。衝撃を共有しようと、金銭感覚は近いはずのハヤテ君に話しかけてみました。

「いや~すごいねハヤテ君」

 ところが返事がありません。もう一度呼びかけると、ようやく反応してくれました。

「あ……はい、そうですね。お嬢さまはいつだってすごいですよ……」 

 そう自分の主人を称えるハヤテ君でしたか、どこかその言葉には力なく、歩さんはやはり訝しく思うのでした。そして、ナギお嬢さまが落ち込むハヤテ君をじっと見つめていたのに気がつきませんでした。

「けど私!! もぉヘリなんか乗りませんからね!!」

 とヒナギクさんが吠えたところで、三千院家富豪話は打ち切り。話は再びヘリの話に戻りました。
 どこに行くは知らないが走っていくと、大地への溢れるばかりの愛情を訴え、ヘリを否定するヒナギクさんに、ナギお嬢さまは軽く頷きました。

「ああ。心配しなくてもヘリにはもう帰ってもらったよ」

 驚くヒナギクさん。空を見上げ、耳を澄ませば、小さくなっていくヘリと、遠ざかっていくローター音。

「いくら速いとはいえ、ローター音が耳障りで風情がないからな。
 それになんだかんだ言ったけど、乗り慣れてないとやっぱり怖いのはたしかだと思うんだ、あれは」

 微笑みそう語るナギお嬢さまが、自分のことを考えてくれたんだと嬉しくなるヒナギクさん。ですがそれは、

「だからっこから先は……ジェット機で行く」

 勘違いでした。
 そして、ジェット機の機内にヒナギクさんの声にならない悲鳴が響きました。

「うおー!! ここが断崖の修道院メテオラかー!!」

 歩さんは例によって例のごとく叫びました。
 厳しく切り立った断崖の上に仰ぐのは修道院。俗世との関わりをたって、神の声に向き合った聖者達に思いを馳せる、溢れる思いを大声に変換するちょいとはた迷惑な観光者歩さん。
 一方で、ヒナギクさんは無言でした。そんなヒナギクさんがなにを思っているのかだいたいわかった歩さんは、ナギお嬢さまと話すことにしました。
 ジェット機が一五〇キロをたった一五分で移動したことに感嘆をもらす歩さんに、リクエストに応え時間短縮のためと語るナギお嬢さま。

「まぁけど、これだけすごい風景だと写真を撮るのも楽しいな」

 そんなわけでつい最近始めたカメラをパシャパシャ撮るナギお嬢さま。
 すると、携帯電話は鳴りました。
 電話を取り出すと、かけてきたのは咲夜嬢。カメラを

「ん? ああミコノスに着いたのか。
 だったら……うん。そう、見たぞ。風車のとこで。ん? 一昨日。
 ……いやいや。そら一昨日のことなんて言ったってしょうがないのは分かるけど、アホとかボケとかまで言われる筋合いはないぞ? 数秒前に見たって情報だってあてにはなんないだろ? 伊澄のことだし
 大体、なんで本当に来たんだよ。たしかに頼んだのはこっちだけどさ、普通来るか? ジジイにジャンボ借りてまで。
 ……ははぁ、さては寂しかったのか? GW後半一人で過ごすのが。
 ほら去年の年末に殴りこんできたのだって……いやいや、反論とかそういうのいいから。
 んじゃ頑張ってな……待っててやるから」

 そんな感じにナギお嬢さまが咲夜さんと電話している最中、歩さんがファインダー越しにとらえていたのは、ハヤテ君。

「やっぱりハヤテ君ちょっと元気ないかも……」
「そうですわね~……」

 マリアさんも気がついていたようで、心配そうにハヤテ君を見つめていました。


「何か憂鬱になるような事でもあったのでしょうか?」

 呟くマリアさんですが、昨日の夜までは元気だったのです。それが今までのごく短い時間で反転してしまうなんて、歩さんにはトンと見当がつきません。

「だったら私の飛行機みたいにこの後、憂鬱になるような事があるんじゃない?」

 と言ったのはヒナギクさん。大地に足をつけているという事実に、エネルギーをもらってなんとか復活したようでした。帰りも飛行機なことに不満そうでしたが、それはどうにもならないことと割り切って、歩さんはこれからハヤテ君が憂鬱になるような事を考えてみることにしました。
 これからハヤテ君に起こる出来事。
 三人は考え、そして程なく思い出しました。
 今晩、ハヤテ君はヒナギクさんとディナーすることを。

「……え? そんなまさか私の……せい?」

 口走るヒナギクさん。

「いやいや!! そんな事ないんじゃないかな!?」
「そ……そうですよ!! いくらなんでもそれはないですわ!!」

 必死に否定する二人でしたが、ヒナギクさんのマイナスな想像は止まりません。

「だいたいそれが原因だとしても……そこまで憂鬱になるなんて……」

 うまくエスコートできるかどうかで、気弱になってるだけかもしれませんし、第一ハヤテ君から誘ってそんなことは、と続けようとしたマリアさんのフォローは、ヒナギクさんのどんよりとした呟きで断ち切られました。

「そこまで憂鬱になるほどイヤとか……」
「大丈夫!! 大丈夫!! 大丈夫だって!!」

 更に励ます歩さんですが、高所を移動してきたダメージもあってヒナギクさんが立ち直る様子はありません。こんなことでは埒があかない。しょげ帰るヒナギクさんのために、マリアさんは駆け出しました。

「わかりました!! では私が……ハヤテ君に詳しく理由を聞いてきますわ!!」

 そして、ハヤテ君に声をかけるマリアさん。歩さん、そして髪の毛の色が落ちんばかりに落ち込んだヒナギクさん、二人が聞き耳をたてるなか、マリアさんの質問が始まりました。




「ハヤテ君。さっきから何をそんなに憂鬱そうな顔しているんですか?」

 一瞬、虚を突かれたように目を見開いたハヤテ君。しかし、少年特有のやせ我慢か、それを否定しました。

「してますよ」

 しかし、マリアさんは逃がすつもりはありません。落ち込んだハヤテ君のことが心配でしたし、それを見たらナギお嬢さまもつられて落ち込んでしまう。なにより、ヒナギクさんがかわいそうでした。
 
「もしかしてその……ハヤテ君……あの……」

 なので、マリアさんは問いつめなくてはありません。しかし、ハヤテ君が落ち込んでいるのは分かりますし、あまりに直接的に「ヒナギクさんとディナーするのはイヤなんですか?」と聞くのは、はばかられます。
 困ってしまったマリアさん。やきもきと言葉を選びますが、うまい台詞が見つかりません。

「あの……マリアさん?」

 しかし、いつまでも言葉を選んでる余裕はありません。ですので、できるだけ婉曲な表現で尋ねてみることにしました。

「そのくもった表情は……夜の出来事と関係があるんですか?」
「夜の……出来事? 夜の……まぁ、たしかにそうですけど……」

 思いついたこととはいえ、考えたくもなかったし、信じてもいなかったハヤテ君の言葉。二人の言葉には今夜と昨夜、一日分の勘違いがあったのですが、神ならぬマリアさんは、もちろんそんなことには気がつけません。
 
「どうしてですか? ハヤテ君」

 だから、そう尋ねるしかないマリアさん。

「まぁ詳しくはお話できませんけど、明らかに自分の事がキラいだとわかれば、それはどうしていいかわかんなくなるっていうか……」
「明らかに……キラい?」

 小首を傾げるマリアさんですが、すぐに思いました。
 これはまたいつものハヤテ君お得意の勘違いってやつですわね。
 そう、昨夜マリアさんは早々と寝てしまいましたが、生徒会の三人がいまだに寝ているように、ヒナギクさんとハヤテ君も起きていたのかもしれません。そして、五人で一緒にいたとしたら? いつものように美希さんや理沙さんがちょっかいを出して、いつものようにヒナギクさんが大げさに反応して、そして更にいつものようにハヤテ君がまともに受け取ってしまったのかもしれない。
 想像して、マリアさんは何もかも納得しました。
 しょうがありませんね~。
 そして、年上の、大人の女性としてお世話をしてあげることにしました。
 
「ハヤテ君」
「あ……はい」

 優しく微笑んでマリアさんはこう提案しました。

「とりあえずいい機会ですし、今晩ヒナギクさんとじっくり話をしてみてはどうですか?」
「? ヒナギクさんと?」

 腑に落ちないハヤテ君。ですが、マリアさんは続けます。

「ええ。何があったのかはわかりませんけど、言葉にしてみなくてはわからないじゃないですか。
 人と人との関係は、何かと誤解がつきもの……。
 でも誤解を恐れていては……人と人との関係は永久に何も変わりませんわ」

 そんなわけで誤解にまみれたマリアさんの言葉は、

「それに大事なのはハヤテ君がどうしたいのかですよ。
 どうしたいんですか? ハヤテ君は……」
「僕が……どうしたいか……。
 わかりました。じゃあ少しヒナギクさん話をしてみます」

 優しくハヤテ君の胸に染み渡り、そんなわけで、知性と美貌を兼ね備えたメイドの中のメイド、マリアさんはさすがのお姉さんぶりと自画自賛するのでした。
 こうして、お互いがお互いを誤解させる会話は終わったのでした。






 夜の……出来事? 夜の……まぁ、たしかにそうですけど……。
 その言葉が、ヒナギクさんを打ちのめしました。
 それ以上のハヤテ君の言葉は、聞くことができませんでした。
 
「そんな……私との食事がそんなに憂鬱だったなんて……」

 よろよろとハヤテ君とマリアさんが話している場所から離れ、岩にもたれかかったヒナギクさん。
 見捨てた親発言がまずかったか、やっぱりか弱いアピールが足りなかったのか、水着を脱ぎ捨てたのがダメだったのかとか、バレーボールでロボット大量破壊はやりすぎぞなもしとか、可愛いと言ってくれたのはお世辞だったのかとか、誘ってくれたのは愛歌さんの手前だったのかとか、バイト代全部を使わしてしまうディナーの値段がきつかったのかとか。旅行に出てからの行動の一つ一つが、嫌われる要素に思えてくるヒナギクさん。

「いやいやハヤテ君お得意のいつもの勘違いなんじゃないかな?」

 もう何度めかも分からないフォローを入れる歩さん。実は夜っていうのは今夜ではなく昨夜のことと勘違して、歩さん自身の経験と照らしあわせて皆の前で女装をさらしたのが地味に効いてきたんじゃないかとか言ってみたり、女装最中に黒光りする肌をした筋肉質の男が笑いながら百ドル紙幣を押しつけて、自分の部屋にハヤテ君を連れ帰ろうとしたことを思い出して憂鬱になっているんじゃないかとか。それに、仮に今夜のことだとしても、ヒナギクさん自身が嫌いなんじゃなくて、自分がヒナギクさんに嫌われてるからなんじゃないかと必死に説きました。

「だから……そんなに落ち込まなくても……」

 勘違い。
 ヒナギクさんはハヤテ君がどんな勘違いをしているのか、そもそも勘違いをしているのかどうかも分かりません。
 ですが、ハヤテ君は勘違いを頻発しやすい少年であることはたしか。
 それなら、そんなハヤテ君であるならば、

「結局、あの人には……いわなきゃ通じないって……事よね」

 遠回しな行動が不毛に終わるのだとしたら、
 
「いいわ。だったら言ってあげようじゃない……。
 ハッキリ!! 気持ちを……!!」
 
 勘違いしないようにストレートにぶつけるのみ!
 ヒナギクさんは、夜に向けてそう覚悟を決めるのでした。












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