しっぽきり

 月が白い花を照らす園。
 少年と少女が向き合う。
 綺麗な金の糸、真っ赤な宝石、佇む存在。
 名前なんて聞かなくとも、それを見ただけで少年は理解できる。
 そこに佇む少女は、一〇年前に永遠を誓った少女。天王州アテネなのだと。
 言いたかったことがある。別れたあの日からずっと言いたかった言葉。それでも、時間と負い目の大きさが、再会の唐突さがそれを押し潰す。
 何を言ったら良いのだろう。
 何か言わなければいけない。
 混乱する心に浮かぶのは、思い出。
 助けを求めていたあの黄昏。
 触れ合った左手。
 名前を呼ぶ大きな声。
 二人で交わした約束。
 何か、何か言わなければ。
 沈黙を破ったのは少女だった。

「花畑に迷い込むクセでもあるのかしら?」

 少女が口を開いたことに、戸惑う少年。彼の困惑を気にせずに続ける。

「ですが残念……ここは私の家の庭。
 どこの誰かは存じませんが……早く立ち去りなさい」

 何を言っているの?
 一片の氷のような少女の言葉。その冷たさが、混乱で一杯だった少年の心に一つの答えを与える。
 僕の事……わかっていない?

「違うよ!! 僕だよ!! 僕は……!!」

 少年は必死に自分の名前を叫ぶ。しかし答えはやはり冷たいもの。

「ですから、どこの誰かは知らないと……そう言っているのが聞こえなかったのですか?」

 扇子を開き、縋る少年を拒絶するようにそれを振る。
 冷淡としたその様に、少年一つの疑問に思い到る。
 目の前の少女は本当に天王州アテネなのか?
 よく似ているとはいえ、それは一〇年前の面影。人違いという可能性も十分にありうる。

「アテネ!」

 声は少年のものでも、少女のものでもなかった。声の主は、二人きりだった花園に現れた少年。

「夜中に出ていったと思ったら、庭先で何をしているんだ?」
「マキナ……」

 ――この星でもっとも偉大な女神の名前よ。
 真偽を図りかねていた少年はようやく確信する。
 アテネと呼ばれた少女。彼女の名前を初めて聞いたとき、感じたのはその名前は、希少な、もしかしたら唯一無二の名前かもしれないということ。
 それならば、名前にふさわしい凛とした佇まいを見せる目の前の少女は、天王州アテネなのだろう。
 
「あの……だから僕は……!!」

 再び自分の存在を訴えようとする少年。
 再びそれを遮ったのは、今度は少女の言葉ではなく、マキナと呼ばれた少年の行動。
 駆け寄り、一蹴り。
 完全に不意をつかれたその一撃を少年はかわしようもなく、短い悲鳴を上げてその力のなすがままに、花園を転がるしかない。

「なんだお前は。アテネに何か用か?」

 冷たく見下ろすマキナの視線は、明らかに少年を危険な存在として見下している。邪魔された怒りをもって睨み返す少年。
 張り詰めた空気を破ったのは、またも少女だった。

「おやめなさいマキナ。それではその子死んでしまうわ」

 自らの従者を諫める少女。彼女を信頼しているのだろう。その言葉に従うように、マキナの険が緩む。

「まぁそういうわけだから、あなたももう勝手に人の家に入ってきてはダメよ。
 次に来たら……この程度ではすみませんよ」

 その言葉を残し、少女は振り向き屋敷へと歩きは始める。
 マキナは、呆然とそれを見送る少年の襟首を掴むと、敷地の外へと投げ飛ばした。
 ゆっくりと閉まっていく巨大な門。
 少年が走れば、まだ中には入れるかもしれない。
 だが、少年の足は動かない。立ち上がることすらままならない。辛うじて出した言葉は、既に姿を消した彼女に届くはずもない。
 そして、高い金属音を響かせ、門は閉じられた。
 覚えていなかった。
 少年にとって少女は間違いなく特別な存在で、だからこそ覚えていた。
 けれども、少年自身、その外のことについては? 一〇年前、誰と会って、何を話していた? 幼稚園の同級生は? 覚えているか?
 一部を除いて曖昧とした記憶は、その問いに答えない。
 人はとるに足らないことであれば、簡単に忘れてしまう。
 つまりは、彼女にとって自分とはそういう存在だったのだろう。
 それならば、詳しく話せば思い出してもらえるだろうか?
 その考えを少年は、すぐに否定する。
 ひどいことを言って、喧嘩別れした事実を思い出させてなにになるのか。それを思い出させたところで、彼女は不愉快になるだけ。そこから何を言ったところで、そんなものは自己満足にすぎない。
 だとすれば、ずっと、ずっと自分の胸の中にしまっておけばいい。
 







 足を止めずに自室に向かう少女。彼女の後ろを歩くマキナの手には一葉の写真が握られていた。

「なぁ。さっきの奴こいつだろ? 「王玉」を持ってるっていう執事……」

 写真に移っていたのは、先ほど追い払った少年。
 機先を制し、少年は混乱していた。あのまま戦っていれば、勝てたとマキナは判断しているのだろう。不服そうに呟く。

「なんで素直に帰しちゃったんだっよ。あのまま奪っちゃえば……」
「少し黙りなさいマキナ」

 少女がようやく立ち止まる。気づけばそこは彼女の部屋の前。

「その話はもういいから」

 その静かな語調が、自分を睨んだ瞳が、そして何より閉じられたドアが、マキナがそれ以上言葉を発することを許さなかった。
 

 誰もいない、一人の部屋。震える体を止めるように指を噛む。
 唐突さゆえの驚きか、知らぬと拒絶した悔悟か、それとも再び出会えた喜びか。心を埋め尽くした感情が、溢れる。
 ここなら、許されるだろう。
 
「……ハヤテ……」

 その夜、ようやく天王州アテネは親愛なる少年の名前を呼んだ。












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