しっぽきり

一本目 胸の大きさが戦力の決定的な差というお話。
扉絵 八十路ですが何か?

 H県海開き当日。ニュースやら新聞やらで、バベルは、H県海岸での事故発生確率を三〇%と通達し、注意を呼びかけていた。が、反応はいまいち。海岸は好天の休日という助けもあって海水浴客で賑わっていた。
 
「まーたしかに降水確率三〇%じゃカサ持っていかないよね」

 携帯電話でニュースを確認した薫が諦めがちに納得する。
 途中に挟まれたインタビューの通り、海開き当日の水の事故なんて毎年のこと。三〇%の予知程度では、足止めにもならないのだろう。そこに、葵が反論する。

「せやけど雨で死ぬんやったら持っていかへん?」

 要するに予知が信用されてへんのやろ、そう結んで、予知及び超能力への世間の認知度にへそを曲げる。

「自分で予知して自分で防いだと言っている。そういう批判があるんだよ」

 口を挟んだのは、先ほどまで受けていたお仕置きでグッタリとした皆本だった。
 予知能力者の見るビジョンを、ノーマルは持たない。正確に言えば、薫達も持たないが、少なくともノーマルが感じ得ない超越した感覚を持っているのだから、予知能力者の言葉を受けれやすいし、彼らの言葉に従って動き、防ぐことも多いのだから、それを信じないことにはどうしようもない。
 が、予知能力者が悟れる未来には限界があり、事件が起きる可能性は無限に等しいし、予知されたからといって、確実に防げるわけもない。バベルは神ではない。それに近づこうとしたところで、全能でもなければ全知でもないのだ。

「予知されない重大事件が起きると、バベルは無能って言われるし、予知しても防げないと大バッシングだし」

 「なにそれ?」と、納得できない薫が怒る。彼女の剣幕を理解しつつも、皆本は、それも超能力者の宿命と諭すしかない。

「でも僕らは自分にできる最善を尽くすしかない」

 怒りをぶつけたものの、それは薫達も理解してくれているようだった。
 そのことに安堵しつつ、皆本は双眼鏡で周囲を見回す。 

「何も起きなければそれにこしたことはないんだ」

 そう、確率は三〇%。何事もなく一日が終わる可能性の方が高いし、そうなればほとんどの人間があっさりと忘れてしまう程度の予知だ、ひどく叩かれることもないだろう。
 
「あたしたちにも双眼鏡ちょーだい!」

 ねだる薫達に双眼鏡を渡す。

「お!?」

 のぞく薫が、声を上げる。その声が次第に大きくなっていく。

「どうした!? 事故か!?」

 もはや叫びと言っていいレベルに大きくなった薫が見る方向に、皆本も双眼鏡を向ける。
 そこには、

「ライフセイバーのにーちゃんたち、スッゲー体!!」

 興奮する薫、葵と紫穂も慌ててそこを見ている。

「あれに落ちない女っているのかなっ!?」

 皆本としては、怒鳴るしかなかった。
 が、そんな怒鳴った皆本を、葵と紫穂がじっと見つめる。その視線は、生々しく彼の筋肉を値踏みしている。
 皆本がそれに気づくと、二人は冷たく笑った。

「皆本はんも悪くはないけど……」
「しっ、比べちゃかわいそう」
 
 皆本はもちろん言い返す。大体にして、彼はアスリートでもなんでもない、公務員だ。最前線にも立つ必要があるとはいえ、直接の戦闘要因ではなく指示と支援が基本なのだ。
 が、言い返したとして、男としての劣等感は拭えなかった。羽織っていたパーカーのチャックを閉め、体を隠し、ソッポを向く。三人に言わせれば、「かわいい」のかもしれないが、皆本としては「知ったことか」と言ったところだ。視線を跳ね返す気力は湧いてこなかったが。
 しばらく、凹んだ皆本を観察したあと、再び薫が周囲を見回す。と、程なく再び叫んだ。

「女性のライフセイバー発見!!」

 しかし、今度は興奮は長続きしなかった。
 露骨に落ち込んだ薫。女性の場合、鍛えすぎはいけないらしい。葵も、胸筋を鍛えても、バストアップにつながるわけではないという実例を見て憮然。皆本がフォローする気がないことを看取った紫穂が、体脂肪の問題とフォローする。直後、海面が不自然に揺らいだことに気づいたか、その時点では、いかに紫穂とはいえ、それが何であるかを悟ることはできなかった。

「うわあ!! 何あれ、あの人!?」

 今度叫んだのは葵だった。

「胸でか!! めっちゃでかっ!!」

 羨望とやり場のない怒りを多分に含んだ叫びに、こちらは混じりっけのない興奮で薫が反応する。
 望遠鏡越しの女性に騒ぐ彼女達を見れば、それがただならぬものであることは明らかだった。

「カメラ!! カメラは!?」
「それは犯罪です!!」

 記録に残そうと、最近は鳴りを潜めていたとはいえ、昔ながらの奇妙な熱意を見せる薫を、「それは犯罪です!!」と皆本は一蹴する。道徳的・倫理的にも否定するところであるし、責を問われるとしたら、男である自分一人に被さるのは明白であるという打算的にもそうだ。

「だって、あんな乳めったにー
 壷見ばーちゃんなみの巨乳なのにー!!」

 なおも興奮さめやらない薫。フォローしたのは、今度も紫穂だった。

「落ち着いて、薫ちゃん。よく見て。本人よ」

 途端に薫のテンションが落ちる。大好きではあるが、既知のもの、新しい巨乳が発見できたという喜びがぬか喜びに終わったことがむなしいらしい。
 とはいえ、皆本にしてみれば、バストのサイズなんてどうでもいいことで、不二子がここにいること事態が喜ぶべきことだった。
 現場でバベルの全権を行使できる皆本とはいえ、組織のうえでは管理官として上司にあたる不二子には気兼ねがあるし、そもそも今回の任務は客観的にいえば、チルドレンの投入ですら過剰供給であるから、彼女の出動を願ってはいない。が、望めばプライベートビーチも確保できるであろう、不二子がバカンスで海水浴場に来るはずもなく、そうなれば応援に駆けつけてくれたことになる。
 
「いい人だ!!」

 素直に喜び、皆本は、双眼鏡で彼女の姿を確認する。
 いた。パラソルの下で、豊満なラインが寝そべっている。
 と、次の瞬間、近くのビーチバレーから流れてきたボールが頭を直撃した。
 が、不二子はなんら反応も示さずに熟睡し続ける。

「頼りにはならないみたいだな……」

 皆本が、チルドレンが、気持ちはうれしいが、現実に不二子が役に立つことはなさそうだと、見切りを付けるには十分な出来事だった。
 とにかく、熟睡してしまったとはいえ、不二子が砂浜にいたこと、そして監視員の数。ビーチ、特に波打ち際には十分な警戒が払われていた。
 しかし、どこかに注意が向けば、別のどこかは空いてしまう。予知はあくまで海岸に対してのものであって、海水浴客に対してのものではない。
 他を警戒しようと、まず皆本が意識を向けたのは、灯台の立つ崖だった。
 そして、そこには言い争いをしているいくつかの影があった。
 皆本が指示を出すのと、葵が反応するのはほぼ同時。返事は遅れて聞こえた。
 そしてテレポートした四人が崖でみたのは、

「あきらめろ賢木クン!!」

 朧を人質に抗議する賢木と、彼にジリジリと近づき宥める桐壺。
 涙ながらに、非番だったのに呼び出されたことへの不満を叫ぶ賢木。そのシチュエーションや、抗議のテンションもなにかもサスペンス物の逆ギレする犯人にしか見えなかった皆本は、とりあえず賢木に突っ込む。そこに桐壺と朧が冗談を悪乗りし、当然火に油を注ぐ結果に。そんな彼を鎮めるには冗談よりも事実。
 支援無しでは心配だから、個人的に応援に来たという桐壺。そして、やはり不二子もその応援のために駆けつけたらしいのだが、来る途中にはしゃぎすぎて、疲れて眠ってしまったのだという。
 子供である薫にすら、「子供か」と呆れられる惨状だが、それでも手伝いに駆けつけてもらえれば嬉しいもので。

「しかし……助かります。特に賢木、来てくれて心強いよ」

 おそらくは、唯一自発的に来たのではないであろう賢木をフォローする皆本。
 その言葉が効いたのか、賢木が皆本になきつく。そこまでだったのかと驚く皆本に、賢木は語る。
 ローンも終わってない私物のボートを持ってこいと命令された、デートの予定もあった。それなのに、あらゆる手段を使うぞと管理官に脅された。
 何と言っていいのか分からない皆本だったが、言葉を探す必要はなかった。なくなった。
 
「!? 局長!!」

 水平線に何かを見つけた朧が叫ぶ。
 皆本たちが彼女の視線を追うと、同時に海面上で爆発が起きた。
 黒煙を上げて、沈んでいくのはスワンボート。エンジンは勿論、爆発するような機器は何もついていないはずの足こぎボートが爆発した。一行の頭に浮かんだのは、エスパーを狙った爆弾テロの可能性。
 とにかく調査を。完全に沈没する前に透視するため、皆本達は急ぎ、沈み行くスワンボートに向った。
 ローンが終わっていない、賢木の私物のボートで。
 不二子はいまだ夢の世界。しかし、のんびりと眠る上司とは裏腹に、沈没地点に到着した部下たちは調査を続けていた。
 薫がスワンボートの残骸を引き上げ、紫穂が透視する。

「爆発物を仕掛けられたらしいことはわかるけど……ここからはそれ以上わからない」

 船体から得られた情報は、十分に推測しうる情報のみだった。爆弾の破片が触れれば。そう語る紫穂。しかし、破片は既に見当たらず、海底へと沈んでしまっているらしい。

「潜って探すしかないね」

 チルドレンのリーダーらしく、即断する薫。

「かなり深いけど大丈夫?」

 慎重派の葵がそう疑問を加える。深く潜水するための酸素ボンベなどの道具は、ボートには積み込まれていない。しかし、薫には何か考えがあるようだった。

「こうすればいいんだ。サイキックううー!!」

 薫の掛け声に合わせて、広がっていく力に葵と紫穂の髪がなびく。
 そして、その力は海面を楕円に抉った。

「エアーバリア・カプセル!!」

 「念力で作った空気の泡だよ」自慢げに薫はそう語る。以前、皆本達の救助をするために、人工衛星を利用したときの応用なのだろう。

「けど……減圧症の心配が――」

 皆本が口を挟む。
 減圧症。深く潜った水圧のかかる海底での呼吸は、通常より大量の酸素が体に取り込まれる。そして、そこから急浮上すれば血液中に空気の泡が生じ、最悪後遺症や死亡にいたるケースもある。
 そう説明する皆本と賢木。不安げな表情を見せる三人、そして皆本だったが、賢木が生体コントロールとぺース指示をするから大丈夫と安心させる。時間をかければ、証拠の透視も難しくなる。迷っている時間はなく、皆本は、薫と紫穂、賢木に潜水するよう指示し、葵には残るように指示する。爆発が予知された事件とは限らない。それこそ、海開きの海岸には危険が潜んでいるのだ。いざというとき、葵が残っていれば、事故現場に急行できる。葵はもちろん、自分と桐壺がいるのだから、多少の事態には対応できるだろう。皆本はそう判断した。
 こうして、三人は水中へと潜っていった。
 そして、彼らは分断された。












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