しっぽきり

 昔、薫先生がまだ教わる側だった頃。
 後者の屋上から聞こえた、音。まだどこかぎこちないその音は、ギターをかき鳴らした音。見上げればそこには、まだ赤ん坊な妹を背負い、不釣合いに大きいギターを抱え、サングラスをかけて満面に笑うポニーテールの少女。

「音楽で世界を帰る!! ギターヒーロー参上!!」

 傲然と言い放つその少女は、先生には危ないことをする生徒に見えたり、他のクラスメイトにはただただ驚かれたりしていましたが、その当時の薫先生にとっては、なによりも輝いて見えました。



 そんな思い出から結構時は流れて薫先生も二八歳。独身、彼女なし。というか、彼女なし歴イコール年齢なガンプラ先生。
 学生の時分には、大人になれば恋人の一人や二人勝手にできるもんだと思ってましたが、そんなことはもちろんなく、できたのは大量のガンプラぐらい。
 そこで、学んだのは行動しなければ恋人なんかできはないという事実。
 学んだなら、実践しなければならない。そんなわけで、薫先生は雪路さんを誘いました。
 太陽とトマトの国、イタリアに。

 その途中、空港で妙なアタッシュケースを抱えたサングラスの男とぶつかり、雪路さんと合わせて三人で転倒。アタッシュケースが開いて、その中にみっしりと詰まっていた何か小麦粉に見える白い粉を入れたビニールがちょっと破れて、舞った粉を二人とも吸い込んで、その直後に眩暈と興奮を覚えた気もしますが、そんなことはどうでもいいこと。
 なんだかんだあって、二人はイタリアに辿り着きました。



「うおーここがイタリアかー!!」

 空港から出るとそこに広がる景色は、たしかに異国情緒のイタリア。標識を見れば、KUSATSUと分かりやすく書いているぐらいのイタリアっぷり。
 そんな風に、大興奮の雪路さんを、これまた彼女の顔の輪郭がちょっとゆがんで見えるぐらいに興奮中の薫先生は、ひとまずホテルにチェックインして、それからさっそく観光しようと誘う雪路さん。
 ここで、薫先生の理性が働きました。いかに旅先で興奮して、それなりの下心があるとはいえ、そこは男と女。

「それでその……部屋はどうする……?」

 まず行動とはいえ、さすがにそこまで強引になるわけにもいかず、別々にと切り出すと、雪路さんが苦笑しました。

「そんなの別に一緒でいいじゃない。せっかく連れてきてもらったのに、余計なお金使わせるのは悪いわよ」

 薫先生は驚きました。
 別に一緒でいいじゃない。
 今まで、薫先生は長いつき合いとはいえ、いえ、長いつきあいだからこそ、雪路さんと自分の関係が、客観的に見て幼なじみの腐れ縁以上の物だとは思えませんでした。それなのに、雪路さんは同室宿泊を許可してくれたのです。
 フラグが立った!?
 一つ、光明が見えれば、今度はそれが本物かどうか確かめてみたくなる物。そして、旅行に来た勢いと興奮。
 告白とか……しちゃったりなんかして!!
 状況が、薫先生の背中を押していました。

「ところでさ、なんで私なんか誘ったの? だって別に誰でも良かったでしょうに、なんでわざわざ私みたいな金のかかる女を誘ったのよ」

 問いかける雪路さん。
 薫先生の彼女への誘い文句は、ブランド物の服を買うのに、見立てて欲しいという口実でした。しかし、超名門学校の白皇学院。同僚のなかには、雪路さん以上にブランド物に精通した人もいました。
 が、誘い文句はあくまでも口実。薫先生の本音は、当然雪路さんのことが好きだから。

「そ……!! それは……」

 しかし、長く積もった年月は、

「お前がその……ヒマそうだったから……」

 薫先生の中から、思い切りという言葉を見つけだすのおを困難にしていました。

「ふーん。そっか~まぁそうよね~」

 と、頭を掻きながら、なんだか雪路さんは納得してしまいました。
 その様子に、薫先生はまた後悔を一つ増やすのでした。




 とりあえず、着物姿のベルボーイを引き連れて、これまた着物姿でお客様をお出迎えする、名物の美人フロントを相手にチェックインをすませ、観光を始めることにしました。
 口実にすぎない自分の服は、明日にまわして、まずは雪路さんの服選びにつきあうことにしました。

「わー、さすがイタリア。みてよ、これ。絹織物よ、絹織物。反物も立派だし目移りしちゃう」

「ほれ」
「ありがとう。私、憧れてたんだ。イタリアでジェラート食べるの」
「ああ、映画の」
「ベタで悪かったわね」
「なにも言ってないだろ」
「んー、おいし」
「人の話聞けよな、ったく。……ん、たしかにいい焼き具合だな」
「ねー、塩加減もばっちりだし。骨ちょっと多いのがなんだけど」

「なにかにおわない?」
「チーズ工場が近くにあるらしいぞ」
「あー、だからか。ちょっと硫黄臭いわね」
「かな。あとで、買ってくか。熱を利用して蒸かしたチーズがうまいんだってさ」
「へー、買ってこ買ってこ」

 そんな感じのイタリア観光。何度払ってもその都度大きくなって、這い寄ってくる大量の虫には二人して閉口しましたが、二人で歩く歴史を感じさせる街並みは、楽しいものでした。
 昔からいつもそうでした。
 なんだかんだ言いながら、雪路さんと一緒にいる、それだけで薫先生にとってその時間は楽しいものに変わります。
 でも、二人の関係はそこから何かが変わることはありませんでした。
 華やかに笑い、強引に自分を引っ張っていく彼女、それに引っ張られていく自分。
 それを変えるために、イタリアまできたのに。
 
「なにグズグズしてんの!! さっさとあっち行くわよ」

 それなのに、手を引かれそう笑われては、今を変えるのがこわくなってしまう。
 そんな自分にあきれながらも、やっぱりその時間は楽しいものでした。



 
 そして夜。
 入浴をすませ、バスローブの帯を締めて、二人は向かいあって座りました。
 旅行の楽しさを目一杯に味わって上機嫌な雪路さん。

「けどこんなに楽しいのは、気をつかわなくていい相手と一緒だからっていうのもあるでしょうね……」

 「ね」と同意を求められ、うなずいてしまう薫先生。内心では、焦らざるを得ませんでした。大事な旅行の二人きりの夜。なのに、彼女の口から出てきたのは、「あんたって安パイよね」的な一言。このままでは、覚悟を決めてきた旅行を逃してしまい、さらにいい人の座を、彼女の中でも、そして自分自身の中でも固めてしまいます。
 なので、ルームサービスで頼んだ、天ぷらや、山菜の酢味噌和え、固形燃料をチャッカマンで燃やして目の前で作る鍋などのイタリア料理に箸をつけつつ、薫先生は勇気を振り絞りました。

「あ……あのさ……」
「なに?」
「となり……座ってもいいか?」
 
 戸惑う雪路さんの返事を待たずに、薫先生は彼女の隣に腰掛けました。
 更に戸惑いを深める雪路さん。

「な……なに?」

 彼女の方からは、それ以上、なにもありません。この状況を進められるのは、薫先生だけ。
 しかし、薫先生は動きません。
 なにをしていいのやら、わからないから。
 とりあえず、何か言った方がいいと決めてみたものの、気のきいた口説き文句はも思い浮かばず。
 だから、とりあえず、共通の話題を探して、

「あの……ヒナギクって……彼氏いんのかな?」
「え? さぁ? ヒナの事を好きな男子はいっぱい知ってるけど……」

 話して、

「あんたまさか……モテないからって、ウチの妹に手を出す気じゃ……」

 怒らせてしまいました。
 違うに決まってると言い訳してみても、二次元ジゴロのあんたが落とすのは、いつも女子高生、もしくはもっと下と潰され、挙げ句の果てには、

「私に妙に優しくすると思ったら……つまりそういう事だったわけ!?」

 寄せてきた好意まで、取り違えられる始末。
 追いつめられた薫先生。このまま、勘違いが続くぐらいなら、

「オレが……オレが本当に好きなのは」

 と言いかけた薫先生の前に突き出されたのは、名酒と名高いイタリアンワイン、森伊蔵。
 本音を聞くなら酒が一番、朝まで二人きりだし、とことんつきあってもらう。
 雪路さんの挑発を薫先生は受けることにしました。
 雪路さんが底なしのうわばみなことは知っていましたが、薫先生だって大人の男。弱いわけではありません。それに、本音を言いにくい大人の恋愛には酒という武器が付き物。その勢いを借りての告白だって、大人の特権です。

「んで? ヒナのどこが好きなの!?」

 が、杯を重ねていくうちに酒の勢いを借りたのは、雪路さんでした。
 どう話を進めても、「ああ、あれ? ヒナがペッタンコだから? あんた達の中では、ステータスなんでしょ? ペッタンコが」と返されたり、「ああ、あれ? ヒナがツンなんとかだから? あの子、好きな人間にはわりと冷たく振る舞うとこあんのよ? 私には、冷たく振る舞うでしょ、あれも愛情の裏返しー、私達、仲良し夫婦ー」と自分から向こうの方向に持っていってから、戻したりと手のつけようがありません。
 今度も、教師の恥扱いで決めつける雪路さん。
 そんなわけで、どんなに言葉を尽くそうとも、話が通じない雪路さんに、焦る薫先生。
 昔はポニーテールで可愛かったのに、酒も覚えてなかったのにと思ってみても、現状は変わりません。
 ですが、美しい過去の記憶が薫先生にひらめきをもたらしました。
 
「おい雪路!! よく聞けよ!!」
「にゃ!? にゃんだ!!?」
「実はオレ……ポニーテール萌えなんだ」

 肩をつかみ、精一杯に真剣な表情で、過去に眠ってしまったあの美少女を起こすために、薫先生は言いました。

「知るかー!!」

 殴られました。





 電気を消した室内を照らすのは三日月の光だけ。

「まったく……そこで寝るかね……バーカ」

 窓辺に座って、一人酒を飲む雪路さんが見下ろすのは、布団にも入らず、眠ってしまった薫先生。
 その声で起きたのか、あるいは眠ってなかったのか、薫先生が口を開きました。

「お前……なんでギターやめたんだよ……」

 グラスを持ち直し、思い出すのは、初めてギターを持った日のこと。

「ヒナギク背負ってギター片手に、音楽を変えてやるって言ってたお前の事……」

 皆の前で、初めて演奏して、止められて、散々しかられた日のこと。

「オレ……スキだったのに……」

 そして、ギターを止めた日のこと。

「この世はさ……一番欲しいものが、手に入らないようにできてんのよ」

 雪路さんはグラスの中身を飲み干し、続けました。

「手に入るものは、ホントはいらないものばかり……」

 手を伸ばして届いたもの、それが積みあがった過去に愕然としながら、

「だから……星に願うのよ」

 そこにまた今を積み上げて、

「いつか……このはかない思いが報われる……黄金の城に連れていってくださっいって……」
 
 それっきり、二人は喋らずに、ぼんやりと月光に照らされていました。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/1069-666b89db

ハヤテのごとく! 230話 そういう風にできている
歌で世界を救う桂雪路!その覇道は突き進むためだけにあったのでした。 しかし見るからに自由服、桂雪路10~13歳とお見受けします、そし...

2009.07.01 22:00 | ハヤテのごとく!!に恋してるっ!?

ハヤテのごとく!230話「そういう風にできている」
 少年少女のミコノス旅行に突如、挟まれたイタリア草津編――むこうも火山国だから温泉は共通項になっている?別に取材できなくても、描けばええんちゃう?と思わないでもなかったが、草津にするのもネタで薫先生のヘタレっぷりを表しているのだろう。  とりあえず雪路...

2009.07.01 22:42 | 360度の方針転換

ハヤテのごとく! 第230話「そういう風にできている」
「そんなの別に一緒でいいじゃない」 「ところでさ、なんで私なんか誘ったの?」 「

2009.07.02 07:37 | 気ままに日日の糧

ハヤテのごとく!第230話感想
第230話感想【愛のままで…】 お前のターンだな、雪路。 準備は良いか? 我々はどうだ? この世に生まれ、雪路とめぐり会えた奇跡に感謝...

2009.07.03 21:22 | ゆきヤミ