しっぽきり

「というわけでお嬢さま」

 少女にとっては、古ぼけた数年前の、

「僕とデートしましょう」

 少年にとっては、まだ鮮明な数日前。

「だから外になど出たくないのだ。いつも……こんな目に遭う」

 少年は少女とこんな約束を交わしました。

「過去でも未来でも、僕が君を守るから」



 
「いや~しかしどこに行ったんですかね~帽子」

 そして現在、ハヤテ君は、困っていました。
 ペリカンにナギお嬢さまの麦藁帽子をとられてしまったのです。

「鳥のやる事ですからね~。
 海とかに捨てられてなきゃいいんですけど」

 いかにハヤテ君がタイムスリップ経験者で、インチキみたいな身体能力を持っているとはいえ、動物の考えまでは読むことができません。一匹、会話ができる虎的なペットもいますが、あれは規格外。なので、意識せずとも、帽子を取り戻すことが困難だと感じていることが、言葉にも混ざってしまいます。
 それはお嬢さまも感じていたのでしょう。
 振り返ると、ナギお嬢さまの瞳が潤んでいました。
 ショックなことは分かるけど、まさか泣きそうになるとは思っていなかったハヤテ君は大慌て。
 
「ずっと……ずっと探していたんだ」

 肩を震わせながら、同じように震える声。
 風に飛ばされて帽子を無くしてしまったこと。それから、長い間、必死に探していたこと。帽子に刻まれた大切な人の思い出。
 探して、探して、諦めとともに心の底にしまっていた大事な帽子。
 堪えきれなくなった涙を一つこぼして、言葉を絞り出すお嬢さまにハヤテ君は悟りました。
 世界で一番お気に入りの帽子なのだ。
 お嬢さまにとってのあの帽子は、何年分の重みを持った本当に大事な帽子だったのだと。

「大丈夫」

 ハヤテ君は微笑みました。お嬢さまを励ますために。

「僕がなんとかしますから、だから、泣かないでください」

 そして、あの時のことをお嬢さまが大切に思ってくれていたことの嬉しさに。

「けどなんとかするってどうやって
?」

 涙が引くのを待ってから、お嬢さまがハヤテ君に聞いてきます。
 そう、ハヤテ君がいかにデタラメなスペックの持ち主とはいえ、鳥の思考までは読めません。幽霊とだったら行けるのですが、獣は無理。
 ですが、ハヤテ君は何を見つけたのか自信たっぷりでした。

「あ。あれなんかいいですね~」

 ハヤテ君の指さす方向を見れば、そこにはふわ~っと舞う蝶。そして、その蝶をこれまたふわ~っと追う少女が一人。黒髪、和服。他の誰でもない、伊澄さんでした。
 捜索に咲夜嬢までが駆り出されたのにも関わらず、何の脈絡もなく唐突に姿を表した伊澄さんに驚くナギお嬢さま。しかし、ハヤテ君は出てきて当然という表情。そう、「泣いてないからなっ」と例によって負けず嫌いなおむずがりな一面を見せるナギお嬢さまを慰めつつも、ハヤテ君のバトラーアイは、伊澄さんが風に待って流されていくビニール袋を追っていくのを見逃していなかったのです。そして、ビニール袋よりは蝶が伊澄さんの興味を惹くであろう事もハヤテ君は熟知していました。
 そんなわけで、再会した伊澄さんとナギお嬢さま。
 伊澄さんは、再会したことに運命の不思議さを感じていましたが、ナギお嬢さまにしてみれば、伊澄さんの存在自体がファンタジー。そして、ハヤテ君にとってみれば、そんな自分以上にデタラメな存在であるファンタジー巫女さんに、ペリカン捜索の光明を見出していたのです。
 イルカ飼い慣らせるなら、ペリカンも探せない?
 筋が通ったような、通ってないような期待でしたが、伊澄さんは、懐に手を伸ばし、そこから取り出した物をハヤテ君の頭に被せました。
 
「えっと……これは?」

 ペリカン探知機、略してズラうさ。伊澄さんは、そう懐から取り出した、何の因果か世界一周ぐらいしてきたバニーのカチューシャを解説しました。
 それでも、伊澄さんのことです。何か不思議な力が宿ってるのかもしれない。そう、ハヤテ君は期待しました。なんかピコピコ動いてるし。

「これは頭の中に見つけたいペリカンをイメージして、そのイメージに反応して見つけたいペリカンのいる方向をそのウサミミが示してくれるというーー」

 ハヤテ君は伊澄さんの説明を聞いて安堵しました。ほら、やっぱりデタラメな存在の伊澄さんだ、これで問題は解決する、

「――そんな気もする道具です」
 
 とは行きませんでした。能面深海魚フェイスの中にもどこかイタズラめいた感情を浮かべて、バッサリ。
 それでも念のため、確認してみました。 

「……そんな気がするだけですか?」
「まぁ、あとは運ですかね?」

 はぐらかされました。
 そんなわけで、振り出しに戻ったペリカン捜索ですが、伊澄さんも便利屋として駆り出された以上、タダでは帰りませんでした。

「けどペリカンたちはこの島の人気者ですから……。ナギはこの島を離れて久しいですが、ずっとここに住んでる人なら居場所を知っているかもしれませんよ」

 そう提案してくれたのです。

「ずっと住んでいる人?」
 
 戦闘用モードを持っているだけあって、以外に冷静なところがあるなと感心しつつ、ハヤテ君は考え始めました。

「ナギ、誰かいないの? 前に住んでたときの知り合いとか、ともだ――」
「……なんで途中で止める?」

 そういえば、つい最近似たようなシチュエーションがありました。
 大事なものを取られた上に、逃げ回られるのは、ハヤテ君には皆目見当がつかない取った相手の地元。
 同じ事を繰り返すだなんて。
 自分の運命に呆れるしかないハヤテ君。ですが、その構図がこの際救いの主でした。

「いえ、思ってないわよ? ヒキコモリで社交性が皆無なナギに友達がいるはずもないかだなんて」
「お前なぁ!」

 ナギお嬢さまの昔の知り合いはいなくとも、自分とナギお嬢さまの共通の知り合いならいたのです。




 その知り合いは、ウサミミを装着したハヤテ君のことを、うろんな目でにらんできました。
 二人が向かったのは、海辺の教会。シスターの実家。道すがら、伊澄さんを確保してこなかったのは失敗と後悔もしましたが、どうせ一緒に行動してもいつの間にかいなくなってるだろうという方向で、忘れることにしました。
 それはそれとして、事情を説明すると、シスターは、呆れを通り越してむしろ感心しているかのように言いました。

「昨日の今日でよく私にそんな事聞きにくるわね」
「まぁそれはそれという事で」

 受け流すハヤテ君の図々しさも、昨日の立ち回りで悪役力を使い果たしてしまっているシスターに、わざわざ抵抗する気力はありませんでした。それに、長々居座られて、話が変な方向に流れれば、昨日の脱衣の件を突っつかれるかもわかりません。夜、一人になってからやり過ぎた上に、徒労に終わった行為の後悔で、大好きな睡眠もできずに悶々と夜を過ごしたのに、その翌日に早々と掘り起こされてはたまったものじゃありません。
 なので、情報を与えてさっさと引き払って貰おうと、情報をくれてやりました。
 探しているような、気性の荒いペリカンなら、食いしん坊でいやしい奴あから、サンタ・マリーナ近くの港で餌を貰っている。

「あ、そうですか! ありがとうございます! 早速行ってみます!」

 仕方ない上に、別に損をしたわけではないとはいえ、相手の思い通りに運んだことの腹立ち紛れに、「よくものを取られる人たちね……」とハヤテ君にチクリと一言。苦笑しつつ、ハヤテ君は出ていきました。
 ようやく出ていってくれることに、清々とした気分でいると、彼女がアドバイスをしたことが余程意外だったのか、ナギお嬢さまが促すハヤテ君の言葉に頷きながらも、シスターの方を気にかけているようでした。
 そんなまごつくナギお嬢さまを、じっと見つめ返した後、シスターは立ち上がり口を開きました。

「お嬢さまの方も、今度は執事君を取られないように気をつけなさい。特にあの……怖い金髪女にね」

 忠告に、一層不思議そうな顔をしたナギお嬢さまが、ハヤテ君に再び促されて出ていきました。
 二人が出ていったドアが閉まると、腰を下ろし、長く溜息。

「私、なんで仇にアドバイスなんてしてるんだろ」

 言葉とは裏腹に、そんなに悪い気分ではありませんでした。






 サンタ・マリーナを目指して駆ける二人。
 
「そういえば昨日、シスターに石を一時的に取られたんだったな」
「ええ。西沢さんがいなかったら危なかったです」

 報告をした後も、具体的にどう危なかったかは、ついにハヤテ君は話さず、ただ西沢さんのおかげとだけ繰り返しました。それもお嬢さまのローテンションに拍車をかけていたのですが、それは昨日のこと。今、お嬢さまの心にあるのは、三千院家の遺産のこと、そして自分の未来のことでした。
 
「たしかにその石を奪われたら……今の屋敷には住めなくなるな」

 ナギお嬢さまにも個人資産があります。そして、それを運用して、相当な成果を上げてもいました。
 それでも、あの広大な屋敷を維持するのは不可能であり、そもそも自分の所有物でもあありません。
 
「だから……金に守られた生活は、石を奪われると……もうできないだろうな」

 帝さんへの意地から、遺産は要らないと言ったこともありますし、運用した資産もけして少なくない額ではありません。
 それでも、無尽蔵の金銭からは切り離されることはたしかですし、そもそも何かが変わってしまうかもしれない未来を想像することは、漠然として、それでいて巨大な、得体の知れない不安としてお嬢さまの胸を締め付けました。

「そう考えると……未来が少し不安かもな……」

 俯くお嬢さまに返ってきたのは、明るい声でした。

「大丈夫!!
 過去でも未来でも、僕がお嬢さまを守りますから!!」

 顔を上げれば、そこにあったのは声と同じように明るい、安心できる微笑みでした。

「だから……心配しないで……」

 普段よりも、ずっと近くから聞こえるハヤテ君の言葉に、ナギお嬢さまも笑い返し、頷きました。

「ああ。そうだったな」

 それから少し、また駆けて。潮の匂いが強くなってきた頃、ズラうさがピコ! と反応を示しました。
 本当に、ズラうさがペリカン探知機能として働いたことに、改めて伊澄さんの不可思議さを感じつつも、ズラうさを頼りに進んでいくと、砂浜にはペリカンが佇んでいました。その嘴がいじくっているのは、麦わら帽子。
 帽子が無事だったことに安堵しつつ、ナギお嬢さまは吠えました。

「おい、お前!! さっさと私の帽子を返すのだ!!」

 が、これは感情の先走りでした。
 怒鳴れば動物が驚くのも当たり前で、更には怒鳴った相手が自分を追いかけてきた人間とあっては、いくらズルいのなんの、待てのなんの叫んでも、逃げたくなるというもの。
 そんなわけで、飛び去るペン太に再び涙目のナギお嬢さま。
 ですが、ハヤテ君はあわてません。

「大丈夫!! 要はくわえたモノを放すようにすればいいんです!!」

 とっさに浮かんだアイディアの鍵は、マリアさんが持たせてくれたバスケットの中にありました。

「おいお前!! お前、くいしん坊のペリカンなんだろ!?」

 叫ぶハヤテ君に、勝ち誇るように空を旋回していたペリカンが振り返りました。
 ペリカンの飛ぶ速度と方向をはじき出すと、ハヤテ君はバスケットからそれを掴み出すと、

「だったらこれを……受け取れー!!」

 思い切りそれを放り投げました。
 一直線にペリカンに向かっていき、鈍い音をたてて頭を直撃しました、水筒が。

「あ……」

 呻くハヤテ君をよそに、衝撃で帽子を口から放したペリカンが真っ逆様に落下していきました。
 
「あの……ハヤテ?
 いくらなんでもそれはやりすぎじゃ……」

 流れのなかとはいえ、動物虐待なレベルの蛮行を見せた自分の執事にどん引きのナギお嬢さま。
 三〇〇キロオーバーの虎を首投げで失神させた前科のあるハヤテ君は、心の中は罪悪感か、ちょいとした命中の快感か、あるいはその両方か。ともかく、必死に間違えたと弁解・主張し、なんとかお嬢さまに納得してもらうと、今度はペリカンの安否を確認しに行きました。

「くけー!!」

 が、被害者であるペリカン側にしてみれば、弁解なんて許すつもりはなく、ぶつけられた水筒を、器用にハヤテ君にぶつけ返し、有無を言わせず小脇に抱えたマリアさんお手製のお弁当をバスケットごと引ったくると、収まらない怒りを抱えながらも去っていきました。
 駆け寄ってくるナギお嬢さまに、「大丈夫ですよ」と答え、ハヤテ君は立ち上がり、空を見上げました。

「それに……」

 釣られてナギお嬢さまが空を見上げると、そこには風に舞ってゆらりゆらりと落ちてくる麦わら帽子。そして、風の最後の一押しが、ハヤテ君の手に帽子を戻してくれました。

「今度はちゃんと……なくさなかったですよ」
「今度は……か」

 ハヤテ君から麦わら帽子を受け取ると、ナギお嬢さまを愛おしそうに、その欠けた縁を見つめ、再び被りました。

「それじゃ、こんどこそゆっくり……デートの続きでもしようか」

 数年前、そして再び出会ったあのクリスマスイブから何度も繰り返し感じてきた感情を抱きながら、数年前とは大切な違いを持ったその後を二人で始めるのでした。












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