しっぽきり

 ビーチバレー、社会的にアレなシスターとのバトル。すっかり忘れかけていた遺産狙いの攻撃を退けたハヤテ君。
 そんな昼間の激闘は嘘のように、テラスに佇む夜は静かなものでした。
 聞こえてくるのは、優しい波の音。
 素直に感嘆の言葉を口にすると、隣で夜風に当たるマリアさんも「そうですね~」と同意。

「このさわやかな風。まさにリゾートって感じですね~」

 潮風に目を細めるマリアさんに、今度はハヤテ君が「そうですね~」と同意。
 
「けどなんだかんだいってハヤテ君、ずっと執事服なんですね」

 おかしそうにクスリと笑いながらマリアさん。
 言われてみてはじめて、ハヤテ君は、お嬢さまから別に私服でいてもいいと許可を貰っていたことを思い出しました。逆に言えば、言われるまで気付かないぐらいに、ハヤテ君にとっては執事服が自然なのです。
 
「こっちの方が、なんとなく落ち着くっていうか」

 考えてみれば、この数ヶ月の間、一番多く長く着てきた服ですし、なによりお嬢さまの執事であるハヤテ君にしてみれば、この服でいるのがなによりも落ち着くことなのでした。

「マリアさんもそんな事ありませんか?」

 自分と同じように、いえそれ以上に、メイド服を着続けているであろうマリアさんにそう水を傾けてみるハヤテ君。聞かれたマリアさんは、人差し指を口に当てて、少し考えた素振り。

「ん~たしかにそれはあるかもしれませんけど……」

 振り向き、ハヤテ君を見上げるように体を曲げて、おどけるようにこう言いました。

「私の私服は、そんなに似合いませんか?」

 急に近づいたマリアさんの顔に驚き、照れながらも、ハヤテ君は素直にこう答えました。

「マリアさんは……私服もとっても可愛らしいですよ」

 誉められればやはり悪い気はしないもので、「もぉハヤテ君ったら……」マリアさんは、嬉しそうにおだてたって何もでませんよーだ、とハヤテ君を一からかい。そんなマリアさんに釣られて、ハヤテ君も一笑い。
 まことに和やかなリゾートの夜でした、テラスは。

「それにしても――」
 
 と、室内を振り向けば、

「ハヤテ~……水~……
 お水が無いと私が乾いて死んでしまうぞ~……」

 ぐな~とソファに仰向けで寝そべりながら、水を求めて手をひらひらと振るナギお嬢さま。
 主人が求めているなら、持ってくるのが執事の務め。
 手早くアイスティーをつくり、持って行くハヤテ君ですが、気になるのはナギお嬢さまの信じられないぐらい低いテンション。リゾートだからくつろぐのはいいのですが、何に興味を示すでもなく、心の赴くまま引きこもってゴロゴロする今のナギお嬢さまのだらけっぷりは、リゾートでくつろぐの域にも達していません。
 地下遺跡で迷子になったり、美希さんや、理沙さんたちと遊んだりやらで、何がしかのイベントがあったときこそテンションは上がったものの、三人になった途端に急激にダウン。
 やっぱり初めての海外旅行な借金執事と、海外旅行に擦れた大富豪は違うんだろうか、それにしても、多少ははしゃいで欲しいな。
 そんなことを考えながら、アイスティーを渡しつつ、お嬢さまに「なんかテンション低くないっスか?」と尋ねると、かすかに不機嫌なことを感じさせる表情のまま、重たそうに体を起こしました。

「それが気のせいだと思うか? ハヤテ?」

 自分の推量が当たっていたことに、やっぱりかと思いつつも、ハヤテ君はナギお嬢さまの不機嫌さが納得できません。
 だってミコノスはリゾート地なのです。エーゲ海の白い宝石箱と呼ばれ、となりのデロス島にはかのクレオパトラも家を構えた、グーグル先生にミコノスと聞けば、漏れなくホテルやらツアーやら旅行やらがついてくると高級リゾート地なのです。Wikiにだってリゾート地と書いてある。そう知識を披露するハヤテ君。

「それなのにどうして……」

 怪訝そうな表情のハヤテ君に、お嬢さまはいかにも面倒くさいという素振りで頭を掻きながら、不機嫌な理由を語りだしました。

「お前、私がここに長年住んでいたのは知っているよな」
「ええ。お母様と一緒に住んでいた実家のようなものだと」
「たしかに気候はいいだろう。かつて世界の中心といわれ、珍しい遺跡もたくさんあるだろう。けどな……」

 そこで、お嬢さまは言葉を切って、息を吸いました。

「けど?」

 ハヤテ君が促すと、お嬢さまは声を張り上げて、不機嫌を爆発させました。

「実家に帰ってきて……テンション上がる奴がいるかー!!!」

 生まれも育ちも新潟のやつが、一年ぶりの帰郷をしたとして、何も無い寺にわざわざ出かけて、テンション上がるか? 上がらないだろう? ちがうか? ちがうか? ちがうかぁぁっ? なぁハヤテ。
 小芝居を演じて、そう捲くし立てるナギお嬢さま。
 リゾートと実家。認識の違いが、テンションの違いでした。
 せっかくなら実家じゃなく、南国の島にすればよかった。そう愚痴りながらも、ホコリを被った紙袋からなにやら取り出すナギお嬢さま。

「まぁそんなわけで、私はテンションが上がりません。なので物置にあった古いゲーム機で延々レトロゲームをすることにしました」

 他人事のように、そう言うと、ナギお嬢さまは紙袋から取り出したPCエンジンを起動させました。天性のインドア気質のナギお嬢さまにしてみれば、見慣れた懐かしい景色よりも、ピコピコ音や「ベラボー」という掛け声にノスタルジーを覚えるようで、このままではミコノスにいる間、本当にテレビの前から動きそうにもありません。
 チョコンと正座しながらモニターに向うナギお嬢さまも可愛らしいものですが、お嬢さまの健全な育成を目標とするハヤテ君にしてみれば、それは避けたいところ。
 ですので、こう誘ってみることにしました。

「だったら僕を、案内していただけませんか?」

 ハヤテ君の意外な申し出に振り向くお嬢さま。
 ハヤテ君は、自分にとって海外旅行は初めてで、島のこともわからない。お嬢さまと、お母さまがどんな生活をしていたのかも知りたい。そう指折り、理由を述べていきました。
 そして、最後に挙げたのが何より大きな理由。

「この旅行が始まってからまだあまり……お嬢さまとの思い出も作れていませんし」

 微笑むハヤテ君に、ナギお嬢さまは、今度は落ち着かない心を落ち着けるように頭を掻き始めました。

「あ、うん……え~と……そ、そうだな……」

 そして、照れと顔を隠すために振り向いたまま、ハヤテ君の申し出を許可しました。
 そんな二人のやり取りを見守りながら、マリアさんは「お弁当には何を持たせよう?」と冷蔵庫の中身に思いを巡らせているのでした。

 

 そんなわけで翌日。ミコノス滞在三日目。
 珍しく早起きしたナギお嬢さまはゆったりとしたワンピースと麦藁帽子。

「はい。ではお弁当とあったかいミルクティーですよ」

 受け取るナギお嬢さまに、マリアさんは問いました。

「その帽子でいくんですか?」

 麦藁帽子は、ナギお嬢さまに似合っていましたが、しかし縁のところに大きな穴。
 ですが、ナギお嬢さまは、むしろ愛しそうに麦藁帽子の穴を撫ぜてハヤテ君と見詰め合うと、「世界で一番お気に入りの帽子なのだ」と答え、ハヤテ君と歩き出しました。

「いってきます!!」


 

「ではまずミコノスといったらこれだ」

 駆けるような歩調で先導するナギお嬢さまが立ち止まり、得意気に仰いだのは、海に面した風車。
 観光スポットにもなっているカト・ミリの風車でした。
 ですが、ハヤテ君の反応はちょっとずれたもので、これがネロが燃やした風車小屋かなどと言い出します。勿論、名作劇場にも造詣の深いお嬢さまはそれを修正します。
 アレはベルギーの話し出し、ネロは燃やしていない。炎上前夜にこっそり一斗缶を風車近くの森に運び込んでたり、ポケットの中から黒く焦げたマッチが出てきたりしたけどネロじゃない。後は冨士鷹先生がやってくれるから待ってろ。
 そう解説するお嬢さまに、そうなんですかーと頷きつつ、ハヤテ君が新たに気にしたのは、その意外な小ささ。
 オランダの風車小屋みたいには行かないと説明してやると、また新たに疑問を発見してきます。

「けどこれ、骨組みだけで羽根がないですけど。たまには回ってたりするんですか?」

 少し小首を傾げた後、お嬢さまは否定しました。大昔なら粉引き用に使っていたかもしれませんが、今は粉引きのために風車を使うような時代でもありませんし、わざわざ回す必要がありません。
 説明しているうちに、お嬢さまが思い出したのは、母との散歩。
 回らない風車は物足りない。そう言い出して、必死にストールで風を送った母の姿。
 セイルウィング型だから帆を張らないと風を送らないと回らないと指摘したときの母の顔。
 オートメーション化された社会は味が無いといったり、即興の資本主義罵倒歌を歌ったりし母の声。

「なんというか話だけ聞いていると、ほんと愉快なお母さまだったんですね」
「ああ。ホント愉快なお母さまだったよ」

 ミコノスに来なければ、そして自分の執事が誘ってくれなければ、思い出さなかったであろう遠い日の記憶にお嬢さまが頬を緩めていると、

「クケー」

 いつの間にか近づいてきていたペリカンが叫びました。
 ハヤテ君にとっては、純粋に驚く対象であっても、お嬢さまにしてみれば、これも懐かしさの一つ。

「おお!! ペン太ではないか!!」

 お嬢さまがペリカンを名前で呼んだことにこれまた驚くハヤテ君。
 ミコノス島にはペリカンが住み付いていて、観光客にエサを貰ったりしているというナギお嬢さまに教えられて、なぜペリカンがこんなところにいるのかというハヤテ君の疑問は解消されましたが、ですがお嬢さまが名前で呼ぶ件については解消されていません。
 なので、怪訝なハヤテ君ですが、ナギお嬢さまはハヤテ君への説明よりも、懐かしさとの対面に気が向いていたようで、ペリカンに語りかけます。

「ようペン太。私の事覚えているか?」

 が、お嬢さまが懐かしさを最優先だとすれば、ペリカンは食欲が最優先。その視線は、ハヤテ君が腕に下げたお弁当にロックオン。
 せっかくノスタルジーに浸っていたところに、生々しい欲望を持ち出されては、お嬢さまが怒るのも無理がなく、ブッツン。
 
「お前、さんざん遊んでやったのに私の事、忘れちゃったのか!?」

 そこまで言われて、ペリカンはようやく思い出しました。
 そもそも、彼がなんとなく近づいたのは、自分を叱る目の前の少女に見覚えがあったから。
 彼のもやもやとした記憶の中には、彼女がたしかにいたのです。
 そう、小さな少女は、たしかもっと小さかったはず。
 曖昧な記憶が形を成していきます。
 ペンギン。
 はっきりと思い出したとき、まず浮かんだのは、小さい少女を連れて歩いていた女の人が自分をそう呼んだことでした。
 ペンギンが自分を指す言葉ではないことを彼は知っていました。それは、小さな少女もそうだったようで、ペリカンと修正しようとしたのです。ですが、大きな女の人は、ペンギンだと言って曲げません。
 うわーこのペンギン口ばし大きいねー!!
 ペンギン超かわいいよーペンギンー!!
 散々連呼した後、名前までつけました。
 命名、ペン太。
 果てには、自分だけがそう呼んだだけに留まらず、周囲の観光客にまで、ペンギンのペン太と喧伝したのです。
 ペンギン! ペン太! ペンギン! ペン太! ペンギン! ペン太! ペンギンペンギン! ペン太!
 そんな手拍子混じりのコールすら起こったりしました。
 しかも悪いことに、その女と小さな少女は観光客ではなく、ミコノスの住人となり、彼女達が島にい続ける間、彼は、折に触れてペンギン扱いされました。
 明るい昼間、ペン太と呼ばれる分には反抗心から来る怒りで、自分はペンギンであることを確かめられましたが、誰も呼ばない夜となると、逆に「あれ、ことによるとオレ……ペンギン? いや、ペリカンだよな、ペリカン。だよな、うん。いや、でも……あれ?」と思ったりもして、ペリカンとしてのアイデンティティが揺らぐ日々が長く続いたのです。
 そんな日々をはっきりと蘇らせては、彼も黙っているわけにはいきません。
 目の前の小さな少女も、最初こそ、ペリカンだと女を止めていたものの、黙認し、最後には自分からペン太と呼び始めました。
 
「クカ――!!」

 彼は吠えると、高い泣き声に驚く少女から麦藁帽子を奪い駆け出しました。
 少年と少女が追ってくるのは分かりましたが、彼の怒りは追いかけられるぐらいでは消えませんでした。












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2009.06.18 00:44 | 360度の方針転換