しっぽきり

「ずるいですよ!! そんなの!!」

 スカートを脱いで、いざとなったら叫んで変態執事の名前を刻印すると同時に社会的に抹殺という、女の武器というより社会的な圧力を利用する手に打って出たシスター。
 肉体言語には勝てても、自己弁護では勝てそうにも無い。物理的な生命の危機には慣れていても、社会的な生命の危機には慣れていない。
 とっ捕まったらそこでアウトのハヤテ君は抗議しますが、シスターは聞く耳を持ちません。
 そんな手段を用いるのはシスターも恥ずかしいようで、この技からの生存者はいない、使うの初めてだからと顔を真っ赤にして当然なことを早口に捲くし立ててきます。
 そんな感じに羞恥心で一杯のシスターですが、混乱しているのか自棄になっているのか、なんと今度は胸までチラ見せしてきます。
 ですが、自分を見失っている状態でも、すべきことは忘れていなかったようで、ハヤテ君の顎を蹴り上げます。
 蹴り飛ばされ、木にしがみついたハヤテ君。
 しかし、いつまでも思うがままにさせているわけにはいきません。
 自分はナギお嬢さまの裸も、マリアさんの裸も、つい昨日には西沢さんの裸も見た男。シスターのチラ見せに屈するわけにはいかない!
 そう自分に言い聞かせ、反撃を開始しようとしたハヤテ君でしたが、そこに思わぬ声。

「シスター!! もしかしてあっちにもビーチが……」

 裸を見られた西沢さんでした。
 近づいてくる西沢さんの声、ハヤテ君は勝ち誇った顔を浮かべるシスターに駆け寄っていき――。


 
「――って、あれ? シスター?」

 ビーチの素晴らしい眺めに感動した西沢さんでしたが、しかしそれだけで満足するほどこの旅行に対する覚悟は甘いものではありませんでした。
 ハヤテ君とエーゲ海で夕日を見られるかもしれないという、二度とはない好機なのです。できることなら、吟味に吟味を重ねたい。シスターに別のビーチはないのかと確認しに戻ってきたのですが、当のシスターはいません。
 どこかにいったのかな?
 探すためにあたりを見回した西沢さんの目に止まったのは一枚の布切れでした。
 持ち上げると、それはスカート。色合いからしてシスターのスカートでした。

「もしかしてシスター犯罪に巻き込まれたのかな?」

 シスターは着替えを持っていませんでしたし、仮に持っていたとしても、こんな場所にスカートを置いていったりはしません。つまりは、誰かに脱がされたのかもしれない。この場にいないということは、誘拐されたのかもしれない。西沢さんはそう考えました。
 
「大変!! ケーサツに知らせなきゃ!!」

 犯罪が行われたかもしれないという事実を前にしては、自分の抱えている事情を優先している場合ではありませんでしたし、自分一人で抱えきれる問題でもありません。
 なので、考えられる最善を西沢さんは尽くそうとしました。



 そんな一部始終をハヤテ君がシスターと共に聞いていたのは枝の上でした。悲鳴を封じるために、シスターの口を手で強く塞ぎながらも、ハヤテ君は愕然としていました。
 自分とスカートをはいていないシスターを西沢さんが見れば、脱がした変態執事で即終了、人生が。
 自分だけが隠れても、スカートをはいていないシスターを西沢さんが見ても、シスターがあることないことを捲くし立ててやっぱりアウト。
 なので、ハヤテ君はその場で考えられる一番の手として、シスター共々隠れることにしたのですが、脱がされたスカートにまで気を配る余裕はありませんでした。
 脱ぎ捨てられてたスカートに犯罪の匂いを察知した西沢さんの嗅覚はたしかなものでしたが、しかし、ハヤテ君にしてみれば犯罪の主体が違います。
 誰かにシスターが巻き込まれたのではなく、シスターに自分が巻き込まれたのです。
 挙句に警察を呼んでくるというのです。ハヤテ君にしてみれば最悪のケースは、シスターが警察に接触すること。できるだけ遠ざけたいのに向こうから来るというのです。
 困りました。
 このまま西沢さんが警察を呼んでくるのを見逃してしまえば、警察がやってきます。国家権力はハヤテ君を逃がしてくれないでしょう。牢屋行きです。
 かといって止めに入るわけにもいきません。スカートをはいていないシスターを抱えたまま止めに行けば、その様子は最早犯罪者以外の何者でもありません。抱えないで行けば、逃げ出したシスターが西沢さんに泣きつくでしょう。牢屋行きです。
 何をどうしようと信用は得られず、このままでは結果は臭い飯。
 牢屋、取調べ、訴えようにも言葉は通じない。そして、面会。
 
『……随分、久しぶりのような気もしますね、あなたと会うのも』
『マリアさんっ! 聞いてください! 僕はっ――』

 立ち上がり、本当のことを訴えようとする僕を、右手をかざしとめるマリアさん。

『聞いて、くれますか?』

 力なく微笑するマリアさんに、僕も座らざるを得ない。

『ナギは……まだミコノスにいるんです』
『……休みはもう終わったはずじゃ』
『ええ、どこにも行きたくないって引きこもったまま、誰にも会わずに……』
『そう、ですか』
『見てくれますか?』

 何をと問おうとした僕の言葉を待たずに、右腕の袖をめくるマリアさん。
 白い肌にはしった一筋の赤い傷跡。

『それは……どうしたんですか?』
『ベッドにこもったままのナギを起こそうとしたときに……引っかかれて』

 小さく、震えた声。
 俯き、ハンカチで目元をぬぐうマリアさん。
 違う、違うんだ。僕は、違う。

『……っ、違うんです! マリアさん! 違うんです! 僕は――!』
 
 首を横に振り、そう叫ぶ僕。しかし、マリアさんは立ち上がり、背を向ける。
 そして、少しだけ振り返り、こう言った。

『さようなら、綾崎さん』

 僕と、そしてマリアさんの頬を一筋涙が流れた。

 なんてことになりかねません。
 しかし、打開策はありません。
 そんなことに混乱するハヤテ君。その意識の中からは、その犯罪に巻き込んだ張本人であるシスターの存在が抜け落ちていました。
 緩んだ手を振り払い、腕の中から抜け出す。
 普段のハヤテ君であるなら、そこで止められたかもしれません。ですが、目前に迫る最悪の未来に気をとられていたハヤテ君に、抗うすべはありませんでした。
 そして、シスターにすり抜けられたショックは更なる隙をハヤテ君に生み、

「奪った――!!」

 それが致命的なミスとなりました。
 首元から王玉を奪われてしまったのです。
 マリアさんと確認したルールによれば、王玉を奪われて二四時間経過してしまえば、所有権は自動的に変更となってしまうのです。
 このままシスターに逃げられてしまえば、いくら狭いミコノス島とはいえ、二四時間以内に探すことは困難。地の利はシスターにある。いや、ミコノス島にそのまま留まるなんて思えない。
 だから、絶対に見失うわけにはいかない。
 不安定な枝、精一杯に修道服へと向かって伸ばした指先。
 しかし、その指先は空を切りました。
 それが、最初の、そして最後の好機でした。
 勝利を確信したシスターは、懐から取り出した小さな缶を木にたたきつけました。
 次の瞬間、ハヤテ君の視界は白に埋め尽くされました。
 ――煙幕!?
 
「残念ね綾崎君!! 石はありがたくいただいていくわ!!」

 煙の向こうから聞こえるシスターの声。「待って」と叫んでも、当然シスターは待ってくれませんでした。
 そして、煙は晴れるとそこには誰もいませんでした。

「ハヤテ君……?」

 いえ、正確には煙に気付いて戻ってきた西沢さんがいましたが、ハヤテ君の視界には映っていませんでした。そんな余裕はハヤテ君にはありませんでした。
 逃げられるかもしれない。それ以前に、破壊されるかもしれない。
 どうしよう? どうしよう?

「あの……ハヤテ君?」

 自分が油断したばっかりに、ナギお嬢さまが遺産相続の権利を失うかもしれない。
 一つの絶望が去り、代わりにやってきたのもまた絶望でした。
 どんなに考えようとしても、思考は絶望に黒く塗りつぶされていきました。
 その混乱を打ち崩したのは、

「落ちつけハヤテ!! まずは落ち着いて因数分解するんだ!!」

 少女の叫びでした。

「西沢……さん」

 そんなわけでようやく西沢さんの存在に気付いたハヤテ君。

「大丈夫だよハヤテ君! 私がついてる!! なんとかなるって!!
 それで? 何があったのかな?」

 力強く微笑む西沢さんに促されて、シスターにお嬢さまの大事な石を奪われてしまって、それを二四時間以内に取り戻すために、彼女を探そうとしなければいけないこと、でも、石を壊されてしまうかもしれないこと、そうしたら自分はどうすればいいのかわからないこと。
 現状を話せば話すほど、再び沈んでいくハヤテ君でしたが、騒ぎの外側にいた西沢さんの見解は違うようでした。

「まぁでも石を壊すのが目的なら……奪った直後に壊すだろうから心配ないんじゃないかな?」

 そう説明してくれる西沢さんに、一息ついたハヤテ君ですが、不安は消えません。
 壊されないにしても、タイムリミットは二四時間。地元であるシスターを捕まえきれる可能性は限りなく低いものです。
 しかし、それを聞いても西沢さんは慌てませんでした。

「それに関してもたぶん、わかっちゃう……かな?」





「ふふふ……これが「王玉」……」

 一方、自宅に戻ったシスターは目的を達成できたことに笑いが止まりませんでした。
 誰に売りつけるのか? いくらで売りつけるのか? という問題はありますが、とにかくこの宝石さえあれば途方も無い大金が手に入るのは確実。
 そうすれば、大手のビデオレンタルチェーン店をワタル君にプレゼントすることも可能です。
 充実した経営環境、無数のソフトの中にはワタル君好みのソフトもあるに違いない。
 それさえプレゼントできれば、ワタル君も自分を好きになってくれるに違いない。
 しかし、なんだかんだいって悪人としての星の巡りが悪いシスター、今度もそう上手くはいきませんでした。

「そうはいきませんよ!!」

 掛け声一番、扉を開いたのは撒いたはずのハヤテ君。
 尾行されていたはずはありませんし、そもそも自分が家にいることをなぜ知っているのか?
 
「さっきの技のせいですよ」

 「スカートを脱げば、当然着替えるために家へ帰らなくてはいけない」自分をにらみながら、そう説明してくるハヤテ君。
 謎は半分解けました。しかし、後の半分。自宅の場所がなぜ分かったのか。
 シスターの問いに無言のうちに答えたのは、ハヤテ君の後ろに申し訳無さそうな顔をして立っている少女、西沢さんでした。
 彼女に夕日が見えるビーチの場所を尋ねられたときに、家の場所もポロッと漏らしてしまっていたのです。
 というわけで、
 
「もう逃がしませんよ!!」

 やってきたハヤテ君。

「ふ……ふん!! さっきは油断したくせに!!」

 さっきミスしたことを突いてみるシスターですが、ハヤテ君に動じる様子はありません。
 家の中なら多少脱いでてもおかしくはないし、無実を証明する証人もいる、あと全裸になろうが手加減しない。
 指差し断言してくるハヤテ君。
 正しいけど、そんな自身満々に宣言されてもそれはそれでなあしょうがないけど的に微妙な表情の西沢さん。

「そういうわけですから……その石を返してください!!」

 奥の手が封じ込められたことを悟り、押し黙るシスター。
 しかし、奥の手はなくともシスターには切り札がありました。そもそもの始まりでもあり、この場の全てでもある王玉。
 やるしかないだろうか?
 やると脅すことで隙が生まれるかもしれない。隙が生まれずとも、本当にやったとしてもそれで状況が変われば、新たに付入る機会も生まれるかもしれない。
 それならば――やるべきだろう。

「それ以上近づいてきたら……石を破壊します!!」

 そう宣言したシスターの言葉の強さに、ハヤテ君は息を飲むのでした。












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ハヤテのごとく!226話【女の子という生き物は普通に強い】畑健二郎
 遭難でも、女性の方が耐えたりするからねぇ……やはり脂肪が(ハヤテ並みにデリカシーのない発言)。「その点」ナギたんは本格的にか弱いので執事の保護が必要だ!  逆に生存性最強なのはアーたんであろう。ハヤテが執事になってくれたら甘やかされすぎて更に体脂肪率...

2009.06.05 01:33 | 360度の方針転換