しっぽきり

「――というわけで、愛歌さんの勧めでヒナギクさんを食事にお連れする事になりました」

 執事である手前、無断でナギお嬢さまから離れるわけにもいかないハヤテ君は、お嬢さまにそう報告しました。
 ――なにせナギお嬢さまのことだから、一むずがりあるに違いない。
 そう思って身構えていたハヤテ君でしたが、意外や意外。ナギお嬢さまは「なかなかのアイディア」と褒め称えてくれました。ついでにマリアさんはあのレストランなら大丈夫と太鼓判。
 むずがり屋のお嬢さまが許してくれたことを不思議に思っていると、ニヤニヤ笑いながらお嬢さまが一つ忠告をしてくれました。

「そのレストラン、我々も超常連だから……」

 つまりは、いつでも見られている、下手を打てばクビ。
 ハヤテ君は、お嬢さまの忠告をありがたく胸に刻みつつ、あくまでもこれはお礼であり、下心なんてないことをアピールするのでした。
 そんなわけで許可を貰ったハヤテ君にマリアさんが尋ねてきました。「どうして自腹なんて……」三千院家的にもお世話になったヒナギクさんが相手です。マリアさんにも言われれば立て替えるぐらいの心積もりはあります。しかし、ハヤテ君はそれを良しとしませんでした。

「ヒナギクさんへの感謝というか……男気みたいなものなので」

 彼女を巻き込んでしまい、勝手に期待したのは自分、だからこそお礼は自分の手でしたい。そう語るハヤテ君に、マリアさんは優しく微笑んで、自分が予算内に収まるように口利きすると、ハヤテ君にささやいてくれるのでした。
 ハヤテ君がマリアさんの優しさに浸っていると、ナギお嬢さまが少し残念そうに呟きました。
 
「アテネ市街では少し別行動だな」

 たしかに自分はヒナギクさんと食事をするけど、何も離れて行動する必要はないはず。ハヤテ君が不思議そうな顔にお嬢さまが気付き、「いや」と前置きして説明を始めました。

「昨日ハムスターと約束したんだよ。少し面白いところへ観光に連れていってやると」

 いつのまにかそんな約束をしていたお嬢さまを、驚きつつも好ましく思うハヤテ君。ですが、ハムスターと聞いて思い出したのは前夜の記憶。
 暗闇の中に浮かぶ白い肌。
 ――そういえば、あれ以来西沢さんとも気まずいままだったな……
 自分の対女の子スキルの低さを嘆きつつも、折りよく観光の打ち合わせがしたいとかで捜索の命令が下ったので、ハヤテ君は歩さんを探しに駆けていくのでした。




「そうだ!! まだだ!! まだ慌てるような時間じゃない!!」

 一方、探される歩さんはそう叫んでいました。
 裸を見られたショックで、自暴自棄になっていた自分に気合を入れるために。
 そう、まだ旅行は終わっていないのです。
 十分に、重苦しい雰囲気を跳ね返す時間はあるはずなのです。

「私の旅行はここからが本番なんじゃないかな!?」

 再び、拳を握り叫ぶ歩さん。
 そもそもの歩さんが渡航を決意したのは、ハヤテ君と二人きりでエーゲ海に沈む夕日をロマンチックに眺めるため。途中で、援護してもらったお礼やらでヒナギクさんと仲良くなるためとか、観光中に歴史の奥深さに触れてるうちにナギお嬢さまと約束をたとか、色々と後付がありましたが、基本的にはハヤテ君と夕日を見るための旅行なのです。
 ハヤテ君とは他にも何かイベントを起こしたいという気持ちもありましたが、この際贅沢は言ってられません。
 せめて、夕日を浜辺で見る。その目標だけ達成しなくてはなりません。
 とはいえ、せっかくの海外旅行なのですから場所ぐらいはこだわりたいもの。とはいえ場所は土地勘のないギリシャ。
 使命感に燃える歩さんは、手始めに綺麗に夕日が見える浜辺のリサーチのために、地元の人を探すことにしました。
 林の中をさまよい歩いていると、程なく人影が見つかりました。

「あの……すみません……!!」

 ――あれ? ここってギリシャだから、ギリシャ語使わないと話せないんじゃないかな?
 そんな疑問を歩さんが抱くことはありませんでした。歩さんが抱いたのは疑問ではなく、驚き。

「はい?」

 綺麗な日本語で答え、振り向いた修道服の少女は見知った顔でした。
 たった一度だけ、しかし強烈な印象を残していった彼女。

「あなたもしかして以前……執事実習とかいってうちに来たシスター……」

 人違いではなかったようで、シスターも歩さんと同じように日本から遠く離れたミコノスでの再会に驚いているようでした。
 シスターは一度手に持っていた便箋に目を落とすと、微笑みながら言いました。

「たしか――綾崎ハヤテ君のお友達の……」





「キャアア―――」

 林の中、歩さんを探すハヤテ君の耳に飛び込んできたのは、他でもない彼女自身の悲鳴のように甲高い声でした。
 何かが起こっているのか?
 危機感に押されて悲鳴がした方向に駆け出すハヤテ君。
 しかし、そこにいたのは、

「あらあらずいぶんとお早い登場ね、綾崎君」

 シスター、ソニア・シャフルナーズでした。
 顔見知りの彼女ですが、しかしハヤテ君に顔見知りとの再会を喜ぶつもりはありません。
 愛歌さんから貰ったあの手紙。その手紙が、遺産相続の争いを再び活発化させている今。そしてシスターはかつて三千院家への恨みから、ナギお嬢さまに危害を加えようとしました。それ以外にも、質問をするだけなのになぜか首を絞めてきたり、雀卓を囲めば執拗に自分を狙ってきたりと、思えば和やかに対話した記憶がありません。
 なので、ハヤテ君は「なんであなたがこんな所に?」と、彼女がここにいる理由を問いました。

「ふ……愚問ね綾崎君。私がここにいる理由なんて……決まっているじゃない」
「な!! なにぃ!!」

 ――この時期に、ここに彼女がいる。やはり彼女シスターは!
 激昂するハヤテ君に嘲笑を浴びせながら、彼女は真実を語りました。

「ゴールデンウィークだから、里帰りよ」

 割と普通の真実を。 
 時は五月初めの連休真っ只中。シスターは外国人で、そういえば教会でギリシャ出身だとかそんな感じの自己紹介を受けていたような気もします。 

「で……ですよね~」

 熱くなっていた自分を、決まり悪く思いながらも同意するハヤテ君。シスターに連休とか関係あるのかとか、そもそもどうやって生活してんだとか、そんなことが気にかかりもしましたが、今はそういう場合ではありません。自分が歩さんの悲鳴を追ってきたことを思い出すと、ハヤテ君はシスターに彼女の行方を問いました。

「ああ……彼女なら無事よ」
 
 答えにとりあえず安堵したハヤテ君ですが、向き直ったシスターの視線にぞっとしました。
 まるで餓えた獣のような鋭い視線。
 
「ただ、彼女のところに行きたいというのであれば、あなたの持つ「王玉」を……私にくれない」

 胸元の、シャツの下の王玉に手をやり、ハヤテ君は自分が油断してしまっていたことを悟りました。
 彼女がここにいる理由が里帰りだったとしても、彼女が三千院家と敵対する人間であることには変わりはないのです。
 そして、彼女が王玉の存在を知っているという事実に恐怖しました。
 彼女はどこまで知っているのか、何を目論んでいるのか。

「遺産相続の権利も無いシスターがこの石を壊しても意味は無いでしょ!?」

 探りを入れるハヤテ君に、シスターは真意を隠そうとはしませんでした。

「遺産相続にその石がいるっていうのであれば、買いたい人はいるんじゃないですか? それも相当な額で……」

 自身の認識の甘さを再びハヤテ君は思い知らされました。
 世界的な大富豪である三千院家の遺産が、この小さな石の行方にかけられているのです。相当な厄介事を抱え込むことに覚悟がある人間であれば、ターゲットとするには十分すぎるほどの価値。
 そして、シスターはそういう人間でした。
 自分の甘さを痛感するハヤテ君に、シスターは続けます。

「それにその石があれば……「王族の力」が手に入ると聞きます」

 王族の力。
 飛び出した場違いな言葉に面食らうハヤテ君。
 三千院家には古くから伝わる伝説の秘宝があり、その価値は数十億、数百億といわれている。ひどく嬉しそうに友人から得た情報を語るシスターから、距離を取るハヤテ君。
 王玉が意外な価値を持っていたことに驚きつつも、しかしハヤテ君は揺らぎませんでした。
 なんであれ、お嬢さまの名誉のためにも守り抜くだけだ。
 そう、ハヤテ君は自分がやることを心得ているつもりでした。
 戦って、勝ち続ける。
 遺産相続に関して、執事である自分がやるべきことはそれだけだと、ハヤテ君は思い定めていました。

「噂によれば」

 しかし、そんな信念がまたも意外な単語に揺らぎました。

「あなたの先代の執事姫神君は……それを奪おうとしてクビになったそうですよ」

 以前から薄々と気になっていたものの、何か聞きがたい空気に聞くことができなかった自分の先輩である姫神という名の執事のこと。
 お嬢さまを裏切ってまで欲した「王族の力」。
 侮蔑と恐怖と、興味。
 ――そこまでの力があるというのか?
 
「でも……そこから考えるに……そのお宝は遺産相続の権利がなくても手に入れることが可能だという事……だから……」

 そこで言葉を止めると、シスターはスカートの下に身に付けたホルダーからトンファーを引き抜き、

「その石は私がもらいます!!」

 シスターは一気にハヤテ君の頭上へと飛び立ちました。
 
「そして王族の力も……!!
 あの金髪女ではなく……!! 私が!!」

 お嬢さまのことか?
 一瞬、そんな疑問がよぎりますが、トンファーの動きを目が捉え、本能が予測し、

「やめてくださいシスター……」

 そして手が掴んでいました。

「こんなものふりまわしても……シスターでは僕に勝てません……」

 彼女が超人的な強さを持っていることは、執事実習の、地下教会の戦いで知っていました。
 そして、同時に自惚れでもなく傲慢でもなく、客観的な事実として自分の方が上だと判断していました。

「よ!!」

 トンファーを奪い去り放り投げると、シスターは苛立たしげに距離を取りました。
 石を渡す気も負けるつもりも無い。そう言い放つと、その意思の強さと、力の差を察したのかシスターがたじろぎました。
 
「だったら……私の奥の手を見せてあげましょうか?」

 「奥の手?」聞き返しつつ、ハヤテ君はそれが虚勢に過ぎないと踏んでいました。

「今、降参して石をくれたら奥の手は大事にしまってとっておいてあげる!
 もーこれはホントすごくて早く降参って言った方が絶対いいと思うわよ!!」

 捲くし立てるシスターですが、ハヤテ君はそんな奥の手の存在など信じられませんでした。細かな駆け引きならともかく、純粋な格闘ならハヤテ君はシスターに負けるつもりはありませんでしたし、場所は林の中。あの地下での戦いと違って何かが仕込めるとは思えません。ならば体のどこかに隠してるのかといえば、いくら露出が極度に少ない服とはいえ、たかが知れていて、むしろトンファーをどこに隠してんだろうと思うぐらい。
 なので、「別にいいですが」と答えてやりました。
 途端にシスターの顔が真っ赤になりました。
 ――ああ、やっぱりブラフだったのか。
 やれやれと安堵しつつ、さてどうやって決着をつけようかとハヤテ君が思案し始めると、シスターが搾り出したようなか細い声で言いました。

「い……いいわよ……だったら……」

 そっと修道服のスカートに手を伸ばすシスター。
 何か隠してあるんだろうか?
 身構えるハヤテ君の前でシスターは、

「み、見せてあげるわよ……」

 スカートを脱ぎだしました。
 止めようとはしたものの、重力はちゃんと働いていたようで、スカートがパサリと落ちて、ハヤテ君の目に焼きついたのは黒いニーソックスと藤色の上着の間に際立つ白い素肌と、上着のスリットからチラリと見える女性用下着。
 驚きからの興奮にハヤテ君の胸の鼓動が速まりました。

「だめですって!! そんな……!! 神に仕える女の子がそんな……」

 幸か不幸か、女性の裸なら何度か目撃したことがあるハヤテ君ですが、女性が自分から脱ぎだすシーンを見たのは初めて。ヒナギクさんのスパッツだって、スパッツなら大丈夫という無自覚から拝む機会が与えられただけで、今度の羞恥に顔を真っ赤にしながら脱いだシスターのケースとは違います。
 信じられない光景に、目を閉じ首を振るハヤテ君。
 シスターはその隙を見逃しませんでした。
 腹部への強い衝撃を受けて、吹き飛ばされるハヤテ君。
 シスターの狡猾さを非難しつつも、しかしハヤテ君は自分の優位を疑っていませんでした。
 還暦間近の老人に飛び掛られたあの日以来、ハヤテ君は心眼の練習を欠かしたことがありませんでした。具体的な成果はともかくとして。
 それに仮に心眼が発動しなかったところで、いざとなればお嬢さまへの忠誠心が羞恥心を上回るような気もしてましたし、とりあえず「そんな手いつまでも通用しませんよ!!」と言い放ってみました。
 しかし、シスターは動じません。

「むしろこの技を出させた時点であなたはすでに負けているのよ?」

 羞恥心に声を上ずらせながらも、そう言い切りました。

「あの西沢さんって女の子が、綺麗なビーチを探しているって事ですぐ下のビーチを教えてあげたの」

 そして、語りました。
 もし自分が大声で、女性である彼女に助けを求めたら、どんな反応を見せるのか?
 それで足らなければ、もっと上の人に訴えたら?
 性善説の人間たちは、被害者っぽく見える自分が嘘をつくなんて思わないに違いない。なんだかんだ紆余曲折、黒い執事服が死神みたいだとか、人間のクズやら罵られて最終的には社会的に抹殺されるはず。
 ここまでの経緯を知っている人間は、ハヤテ君とシスターの二人のみで、目撃者はいません。そして、今となっては目撃者が発生したその瞬間、ハヤテ君は罪人となるのです。
 上着をチラリとめくるシスターの顔もまた羞恥で石榴の色に頬を染めていましたが、それでも勝ち誇ったように笑っていました。
 シスターが退くことはない。目を背けつつもそう確信せざるを得ません。
 石を渡す? 社会的に死ぬ?
 最悪の選択肢を突きつけられ、遺産やら「王族の力」やらを争ってたはずが、神に仕えるシスターを脱がした卑猥な変態執事のレッテルを深く刻まれ、社会的に抹殺されるかもしれないという間抜けさと危機感を感じつつ、ハヤテ君は必死に打開策を探すのでした。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/1020-a416b39e

ハヤテのごとく!第225話に見る、作品が追い求めるものとか。
「それでも僕はやってないはず」と、 いや、やってると誤解されるでしょこれは…と初っ端から突っ込みたくなるようなタイトルの今回。という...

2009.05.27 20:53 | 日常と紙一重のせかい

ハヤテのごとく!225話【それでも僕はやってないはず】畑健二郎
 扉絵は絵になる女、西沢ハムスターさん。伊澄たんのこともたまにでいいので思い出してあげてください……存在する伊澄たんと存在しない伊澄たんが平行しているような、シュレディンガーの伊澄たん状態。ぬらりひょんの能力でもラーニングしたのかな?  ヒナギクの件...

2009.05.28 00:34 | 360度の方針転換

ハヤテのごとく!第225話感想
第225話感想【おしゃれシスター お宝を求めてる】 今回のサブタイトル「それでも僕はやってないはず」。 ついに、ハヤテが性犯罪で捕まっ...

2009.05.31 21:16 | ゆきヤミ