しっぽきり

「そ・れ・で、なんで私がわざわざこんな所でハヤテ君の説教を聞かなきゃならないわけ?」

 ヒナギクさんはとても怒っていました。告白されるのではないかと、期待と不安にウサギみたいに震えていたところに、要約すると「この恥知らずの雌豚」みたいな説教を喰らったからです。なので必殺のラビットパンチで脳を揺すってやりました。

「い……いえ、別に説教だなんて……」

 そんなわけでダウンしたハヤテ君。好意で言ったはずの言葉がなぜか相手に火をつけてしまうのは、幼少期からのことで慣れっこではありますが、「余計なお世話」呼ばわりされては、注進の意味もなく殴られ損。なので、本音でフォローしてみることにしました。

「まぁたしかに余計なお世話かもしれませんけど、ヒナギクさん自覚ないから、心配なんですよ」
「自覚がないって……なんの自覚よ」
「ですからその……」

 その胸で三角ビキニはちょっと。もうちょっとうまいチョイスをしてもらえれば嫁入り道具にも持っていけそうなパッドぐらい作りますよ。
 という台詞も思い浮かびましたが、さすがにそれをやると、今度は顎をバカにされるぐらいのアッパーをもらってしまうかもしれません。なので、ハヤテ君が選んだのは別の言葉。そして、別の本音。

「自分が……可愛い女の子だっていう自覚が……」
「え?」
「ヒナギクさんはとっても可愛くて魅力的な女の子なんですよ。なのにそんな無防備なのはやっぱり周りの男の子によくないっていうか」

 特にそういう水着だと、サイズ選びで見栄を張ったばかりに上が流されて周囲をたまたま泳いでいた魚が加えてどうのこうのっていうイベントもありえますし、やっぱり水着のチョイスはもうちょっと慎重に。
 とは、さすがに続けませんでした。ラッシュを喰らって、砂浜にジグザグな足跡を刻むドランカーになんてなりたくありません。
 そう、続けませんでしたが、ハヤテ君に振り向いたヒナギクさんの顔は、鬼のように真っ赤。
 どうもまた怒らせてしまったみたいだ。
 ハヤテ君は、自分のダメさ加減に泣きたくなりつつも次の手を探すのでした。

「な!! なによ!! それこそ余計なお世話よ!!」

 そう怒鳴ったヒナギクさんは、謝るハヤテ君から顔を逸らしました。
 恥ずかしかったので。
 まるうでリンゴのように赤く染まっているだろう頬が熱いことを自覚しつつヒナギクさんは思いました。
 嬉しくて……顔、元に戻んない……!!
 可愛い女の子、そう言いました。
 とっても可愛くて魅力的、そう付け加えました。
 可愛いについては二度言いました。それがヒナギクさんにとっては、とっても大事なことでした。
 あんな展開であんな説教をするぐらいですから、ハヤテ君が自分に恋愛対象としての好意を持ってないことはわかりました。それでも、好きな男の子に可愛いと言ってもらえるのは嬉しいもので、顔がニヤけてしまうのは止められません。しかし、天性の負けん気というよりは、人間としてリミッターが振り切れるぐらいに緩んだ表情を見せてしまうのは、死ぬほど恥ずかしいこと。かといって、ずっと顔を見せずに話せるわけもなく、どうしたって表情は作らないといけません。
 しかし、狂喜に暴れる心に普通の表情なんて絶妙な力加減ができるはずもありません。なので、ヒナギクさんは真逆の表情を選ぶことにしました。

「あのヒナギクさん?」

 あまりに長いヒナギクさんの沈黙に、彼女の怒りをヒシヒシと感じつつも、お礼をしなければならないハヤテ君は、とりあえず声をかけて反応を伺ってみることにしました。
 そして、振り返ったのは「あ゛?」という返事とともに睨みつけてくる深紅の阿修羅。
 こらまずい。
 お礼とかなんとか以前に、生命の危機を感じたハヤテ君は、ひたすら平謝り。ヒナギクさんは、怒ってないと言いますが、その声が叫ぶようで、鬼神のような顔と相まって余計に怒っているようにしか見えません。
 とりあえず、ハヤテ君は表情の理由を問うことにしました。

「そ……それは……」

 口ごもるヒナギクさん。まさか、好きな男の子に可愛いと言われたのが嬉しくてニヤケ面が止まらないんだけど、その顔を見られるのが恥ずかしいからニヤケ面を踏みつぶすために顔をしかめているだなんて、本音は言えません。
 言葉を探すヒナギクさん。言葉を待つハヤテ君。
 二人の沈黙を破ったのは、
 くぎゅうううう
 腹の音でした。ヒナギクさんの。
 腹の中ではなく音をぶちまけてしまったヒナギクさん。タイミング悪く鳴った自分のお腹に、何かの怨念じみたものを感じつつも、フォローの言葉を探さずにはいられません。
 しかし、言葉が見つかる前にハヤテ君が一言。
 腹空いたから怒ってんの?
 冗談でもなく、まじめにそう思ってるらしい素のテンションで。
 気がつけばなんだか浜辺の方から、バーべキューのいい匂いが漂ってきます。それを空腹と結びつけ、更に確信を深めている様子のハヤテ君。そんな状態に置かれたヒナギクさんは、

「私は小学生か!! バカー!!」

 今度こそ恥ずかしくて、かっこ悪くて逃げ出さざるを得ませんでした。


 
 ヒナギクさんを追いかけながらも、ハヤテ君は自分が寸前×持ちなことを自覚せずにはいられませんでした。
 思えば女の人とはいつもそうで、肝心なところで逃げられたり、話がかみ合わなかったり、トチ狂ったことを言い出してばかりのような気がします。
 ですが、今度こそ逃がすわけにはいきません。
 必死に追いかけるハヤテ君。先ほどは逃げられてしまったものの、今度は向こうはビーチサンダル。走りにくいに決まっています。ハヤテ君も革靴ですが、それはいつものこと。なので、みるみる内に差は縮まって、ヒナギクさんの背中はすぐそこ。

「待ってくださいヒナギクさん!!」
「なんで追いかけてくるのよ!!」
「ヒナギクさんが逃げるからですよ!!」
「子犬かあなたは!!」

 平行線の問答を続けつつも、よっぽどハヤテ君に捕まりたくないのかヒナギクさんはここにきてむしろ加速気味。簡単に差は縮まりません。
 
「そんな追いかけてきたって……!!」

 しかし、問答に気を取られ、振り向いたりしながら走ってるヒナギクさんは、気がついていないようでした。

「ヒナギクさん!! 前!!」

 自分の走ってる先が、崖であることに。
 



 顔見知りのパーカーを羽織っていた水着姿の少女が駆け抜けていきました。
 断崖絶壁の崖に向かって少女がスピードを緩めず走っていって、そして足が地面を離れました。
 世の中には、スローモーションに見える瞬間があるもので、あるいはその瞬間もそうでだったのかもしれません。ひどくゆっくりと見えたその瞬間、少女の表情を包んだのは、高いところへの、そして本能的な死への恐怖。
 目を見開いた少女が自由落下を始めようとしたその瞬間、黒い風が走り抜けました。
 そして、足は急ブレーキをかけつつ、手は少女の肩へ必死に伸ばす。
 上下矛盾した少年の行為は報われました。
 少年は少女の肩を掴むと、そのまま地面に倒れ込みました。

「大丈夫ですか? ヒナギクさん……」
「ハヤテ君……」

 少年と少女の顔がすぐ近く。吐息が触れ合わんばかりに近づいたところで、

「危機一髪だったわね~」

 一部始終を目撃していた愛歌さんはそう感想を漏らしました。
 思わぬ目撃者がいたことに慌てて身体を離す二人。

「あ!! 愛歌さん!! なぜ愛歌さんがこんな所に!?」
 
 眺めがいいからティータイム中と答えて、愛歌さんは紅茶をすすりました。
 そして、逆にハヤテ君達に同じことを問い返しました。
 ハヤテ君は言います。ヒナギクさんに助けてもらったお礼だと。
 愛歌さんは言います。

「後ろから抱きしめて愛をささやいてやろうと……」

 が、ハヤテ君はそれを否定。愛歌さんとしては、何がなにやら事情がちっとも分かりません、分かりませんが、

「どういうお礼をしたら喜んでいただけるのか……僕には分からなくて……」

 ハヤテ君が感謝するのに必死なことはわかりました。それが愛歌さんのラブ道魂をくすぐりました。

「綾崎君」

 ティーカップをソーサーに戻し、愛歌さんは続けます。

「ギリシャにはね、女の子を喜ばせる鉄板のデートコースがあるのをご存じ?」

 「え?」ハヤテ君が食いついてきたことに、心中で愛歌さんはほほえみました。
 そして詳しく説明しました。
 ギリシャはアテネ市に丘の上から市街を一望できて、料理も最高という、たいていの女の子なら喜ぶこと必至のレストランがあること、そしておむずがりな生徒会長さんもそのたいていの範疇にあることも。
 王道な場所がヒナギクさんに有効なことは体験済みなので、ギリシャにもそんな鉄板プレイスがあったのかと喜ぶハヤテ君。ですが、愛歌さんは現実を見せることも忘れてはいませんでした。

「その店……高いわよ」

 ハヤテ君の表情があっという間に沈んでいきました。
 クルクルと変わるハヤテ君の表情に快さを覚えつつ、愛歌さんは一枚の小さな紙をハヤテ君に突きつけました。

「この私の名刺を使えば、通常は予約すら困難なその店の最も眺めのいいVIPルームが使えるけど、」

 ハヤテ君の目が名刺に吸い寄せられているのを確認すると愛歌さんは、それを遠ざけて続けました。

「あなたにこれを受け取って……心からの感謝を示す事ができて?」

 愛歌さんが提示し、そして確認しようとしました。

「自腹で」

 ハヤテ君の覚悟を。
 名刺へと手が伸び、そしてハヤテ君は、覚悟を示しました。

「先日入った喫茶店のバイト代……あれをすべて使って……ヒナギクさんへの……感謝の気持ちを表したいと思います」
「ハヤテ君……」
 
 愛歌さんは、そう宣言したハヤテ君にそれでこそジェントルマンと微笑みかけ、そしてハヤテ君の健闘を祈り、

「ちゃんと……美味しいものを食べさせてよね!!
 ちゃんとエスコートしてよね!!
 た……楽しみにしてるんだから!!」
「はい! お任せください!!」

 そんな会話を聞きながらラブ師匠としてクールに去るのでした。




 一方、浜辺では大破したバレーボールマシンの破片を蹴るブーツ。

「情けないわね~ギルバートさんは……」

 そして、遺産を知る女が一人。












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ハヤテのごとく!224話【女の子の機嫌をとるのは大変。でも大事】
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2009.05.20 21:28 | 360度の方針転換

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